垂れ流しバングラデシュ旅行記
0日目(2015年8月31日):到着まで
自宅を出発
18:19
最寄駅を出発。ベンガル語(バングラデシュの公用語)の紙をペラペラ。
「食堂」にあたる語の発音が「ホテル」だし、「4」を「8」って書くから、早くも戸惑ってる。
羽田空港に到着
20:40
国際線駅着。
3年前空港に来たときは、他人任せの上に不安だった。今はというと、なんか1人で落ち着いてる。
羽田を出発
00:36
雲を抜けると、今度は真っ黒な海が目の前に現れる。空と海の色の違い。電気がつくまでの間、それを眺めていた。ふと上を見ると、月が見える。雲の黒が月の上を素早く通り過ぎるのを見ると、どれだけの速さで移動しているのかがなんとなく分かる。 月は右から左へ。すぐにいなくなった。
「空の方が濃くなった?」と思ったら、雲海なのか。 機内で素足、快適だよ。
01:36
時間の進みが、半分になってると感じる。寝よう。
雲海が雪にも見えてきて、遠くに氷山がある。遠くでたまにピカッとするのは雷だろうか。
今目の前にあるのは、巨大なゼウスの入浴。浴槽に両腕を乗せ、仰向けになっている。顔のほかには、肩と上半身部分。
こんな感じ。
03:58
2時間前にタイムゾーン調整。下降して、もくもくしてる。
雲を抜けると、夜景が。地形に線状に走る光。道路だろうか。かと思えば今度は、都市の密集した灯りが見えてくる。都市の周辺には蛍のような淡い粒々が。どれくらいの縮尺なんだろうか。見当がつかない。美しい。
04:19
車が見えてきたときに、「やっぱり線状の光は街灯だったんだな」と思った。
バンコク空港に到着
05:01
タイに到着。次の便は5時間後! 128バーツある。両替用に持ってきたけど、そうだよ使えるんだよ。
この25なんちゃらがよく分からない。4つで1バーツ?
05:27
空港のWi-Fiに登録した。調べたら、単位は「サタン」。4つで1バーツみたい。そして20バーツと書かれた札が2種類あるのは「新」「旧」ということで解決。シコシコしてたけど、店員に聞けばすぐに分かるのにね。
今持ってる128.5バーツは、帰りに使おうと思う。
05:32
今の内にArrivalカードの書き方を見ておこう。なんとなく「書けるだろうなー」と思ってたけど、機内で書こうとしたら分からないところがあった。入国までに「準備不足だなー」と思うことがいくつもある!
06:00
あと4時間もあるし、文字を少しでも読めるようになってこう。にらめっこしたり、書き取りしたりして。
06:15
「トイレで歯磨きか」と一旦は思ったけど、洗面器の前で沐浴してる人いたからなんてことないね。
西洋版笠地蔵の主人公が前をゆくよー。いいな、あれ。
06:47
フリーインターネット。タイ語だ! スペースキーが異様にでかい。うまい棒位はある。で、EnterはShift位しかない。
Google開いて誰かのアカウント出てきたから、とりあえず「Have a nice trip!」って送っといた。
07:07
お店をまわってるんだけれど、128バーツで買えるものが恐ろしく少ない。
07:24
歩いて端っこまで来てしまった。 中央が高級品を扱うお店で、端にいくにつれて大衆向けに。両端は同じ店が出ていた。
「いいなー」と思う商品もあるけど、128バーツじゃなー。evianが100バーツだからね!
どの店も店先に買いやすいものが置いてあって、いい商法だなと思った。
全体的に店員多くない? インフォメーションカウンターに4人密集とかね。人件費は見合うのかな。
08:53
ふと考えた。
余るこのお金を募金してもいいんだけど、一人一枚ずつあげるのはどうかと。海外に行ったことのない人、あるいはタイに行ったことがない人に。きっかけを与える意味で、あげるのはどうだろうかと。
09:20
今頃カップ麺の容器バリバリだろうなー。車の移動やコンテナを眺めてたら、そう思った。
バンコク発 ダッカ行き
11:06
バンコク発、ダッカ行き。素晴らしい。水田なのか? 水田のようなものがあちこちに広がっていて、その周りを濃い緑の木が囲っている。
ダメだ! この画力じゃ、全っっ然良さを伝えられない! 雲海も綺麗。
11:36
arrivalカードの書き方調べてたけど、国によって違うから、また困る案件発生したなう。
日本からタイの機内食は、まだ日本感が残っていた。でも、このタイ─バングラデシュ間の機内食は完全に東南アジア。風味も味も。カレーが辛い! これが普通なんだよね。
かなり辛いカレーを、かなり甘いヨーグルト的なもので中和。配膳の段階で、それぞれがもっと歩み寄って欲しかった。
12:18
それはそうと、なんかもうこれは帰りの飛行機なんじゃないかって気がしてきた。
1日目(2015年9月1日)
ダッカ着
12:11(時差調整)
見えてきたー。旅立つときと同じく、水と緑が美しい。と思ったら、ビル群が。東京で見慣れたような景色だ。
周りの人の服装、人相ががらっと変わった。白装束の人、肌が真っ黒な人、ヒジャブを身に付けたCAさんなどが印象的。到着口を出るのに結構待ってる。
12:50
いきなり情緒的な歌が流れてきた。お迎えの何かかな?
13:10
どうも、OccupationにNONEと答えた者です。「No job?」と聞かれました。そして、案内者の友達の眼光が鋭かった。「愛想」などという概念はきっとない。
13:19
出口へ。
めっちゃ雨降ってる。蒸し暑さが異常!
案内者(以下、先生と呼ぶ)の叔父がここの長らしく、VIPゲートからすんなり出れた。迷彩服の方は、銃をもってらっしゃる。
人の往来が自由すぎる。ひかれるぞ。今はバブルらしい。クラクションの多さに軽く閉口してます。
雨のバングラデシュ:ダッカ空港近くの車窓から - YouTube
空港すぐ傍のスラム。この土砂降りの中、洗濯物(?)が干してある。交通ルールは、あってないようなもんだから、ここでは運転できないな。先生がドライバーを雇ってた意味が分かった。
車で隣り合ったり、歩行者が通過ぎるたりするとき、あの鋭い眼光でみてくる。
先生の家で休憩
13:35
再び車からでると、ものすごい湿気が。これが「むせかえるような○○」ってやつなんだろう。
先生の親戚宅へ到着。
もう、早速脱ぐよね。暑い。日本ではしないけど、異国の地であることが、それを容易にした。この身なりは、失礼ではないとのこと。
これは昔からの文化で、お客さんに出すらしい。リラックス効果だそうだ。 ホントかは知らない。
異文化交流が始まった。上の写真では完全にすれ違っているように見えるが、この後に紙風船や折り紙などで遊んだ。
ベランダ、鉄格子からの景色。
トイレ。緑のに水を入れて、流す。シャワーの水も溜めて使う。
14:20
三時のおやつ?
左手で食べちゃダメなんだってよ。宗教上の理由か。
こいつが辛い! 左のライムで中和。 おかわりを断っても、ありがたいことによそってくる。
「いらない」
「じゃあ、一個なら?」
という具合に。
日本から持ってきた紙を使っての、指差しベンガル会話が楽しい。
15:04
テレビで忍者ハットリ君やってる。それはそうと、子供と英語で話す時に1つやらかしたことがある。
子ども「What’s your shool name?」
(なんだ?)「……We don’t have shool name.」
そりゃきょとんだわ。蒸し暑さに慣れてきた。
15:42
記念写真を撮って出発。
混沌の中心へ:ダッカ
再び混沌の道路へ。様々な音色のクラクションが盛んに鳴り響く。あるショッピングモールの反対側にはスラム街。タイで車線関係ない走行を経験したけど、別の方向で上を行ってる。
リキシャは小さくて、脆そうだが、対等な人権ならぬ車権を持っているようだ。逆に車はバスに対して。 どの車も競い合ってるように進む。
渋滞に突入。ここぞとばかりに売り込みにくる青年や少年たち。
やはり眼光は鋭い。
ドライバーにとっては「うーん」な渋滞も、売り子にとっては「ほいきたー」なんだね。何人いるんだ、ってくらい売り子がいる。広範囲にわたって。
「今日はお祭りがあるんじゃないか」と疑うくらいの人の往来。
バングラデシュ ダッカ:混沌とした人の往来 - YouTube
「みんな命懸けて生きてる」という先生の言葉を聞いて、「この絶え間ないクラクションはその叫び声なのだ」と思った。 実際はそうじゃなさそうだけど、なんかかっこいいからいいじゃん。
よく考えれば、往来の数でいったら東京の方が多いんだよな。なぜ「多い」と感じるかと言えば、様々なものが相乗効果的にそう感じさせているのだろう。洗練のされて無さや泥や水たまりや散乱するゴミ、ぼろぼろの建物、混沌とした横断、絶え間ないクラクションなどだ。
16:55
道が混み過ぎて、もう予定していたミュージアムにはいけない。窓越しで笑わせられる一芸が欲しいと思った。
17:20
どこへ行っても渋滞が終わらない。
パズルみたい。
17:32
バスと隣り合う。となりの子の顔を撮って、バスに乗っているおばさんに見せる。「これ、こいつの写真!」みたいな感じで。おばさんは微笑んでくれた。ピーナッツを一つ差し出してくれた。二人とも限界まで手を伸ばし、なんとか受け取った。こちらは飴を一つお返しする。おばさんは友達と話をしている。今度はピーナッツの袋をくれた。そのお返しに飴を3つ。
受け渡しの大変さの楽しいこと! お互いに笑いあい、心が温まる。ほんのひとときのふれ合い。 日本だったら、こんなことは起きないだろう。まず、女性に笑いかけることなんかしないよ。異国の地だからできたこと。笑顔っていいな。
18:16
暗くなってきた。ベンガル語で「お元気ですか?」と書いて窓に張り付ける。反応は微妙。
18:44
今日の午後は、ダッカの渋滞を十分堪能できた。さっきよりも人が多くなった感がある。
19:31
歩道以外水浸しのバザーを進む間も、相変わらず渋滞とクラクションは終わらなかった。この半日間、あることを思い知らされていた。面積が日本の10分の1の所に人口1億5千万人いて、その首都を走っているということをだ。
なぜリキシャが廃れないか。渋滞によって、車と比べても進む速度は変わらないからだ。運転手の彼は、僕たちを送り届けた後、また半日かけて来た道を戻るのだろうか。
深夜バス
20:01
バスの待合所に着いた。
中にはいると汗くさい臭いが鼻を突いた。歯を磨く。
LADIESは万国共通のあれなのに、GENTSが滑稽感じだった。
20:26
一人で夜道を歩く。道が悪くて、足を取られそうになる。外に出て初めて分かるのが、クラクションのうるささ。
そして、こういう道が普通に存在する。引き続き、じゃぶじゃぶと歩クラクションうるさっ! ちょっと怖いから、若干表情険しめで歩いている。街は、すごく洗練されていないけど、すごく栄えてる。
コック姿で座り、佇む少年。バイクのミラーを一生懸命に磨く少年。 小さな携帯の画面に映るドラマを食い入るように見つめる少年。飲み屋でラジオに耳を傾ける老人たち。そういう静かな風景もありながら、看板の蛍光配色、喧騒、売り物などは、なんだかギラギラしている。
戻って早々、叱られましたとさ。どうやら治安が良くないみたいだ。 確かに、立ち止まってメモをしているときにおっちゃんに声をかけられた。それなのか。
21:53
夜行バスで12時間かけ、コックスバザールという地域へ行く。
このバスはバングラデシュの中で、最新式かつ高級なランクに属するものらしい。
全然いいよ? 全然気にしないんだけど、窓はひび割れてるし、クーラーと通路天井から水滴が落ちてくるし、ライトのスイッチが切れてるんだよね。何とも思ってないよ。ただ、無事についてくれさえすればいいんだ。
ハイウェイに入る時に、牛がトラックで大量に運ばれていくのを見た。
※この後何度も見ることになる
23:04
クラクションは相変わらずだし、目覚めたら音楽が流れてた。
で、でた。反対車線勢。そして、地味にハイビームが眩しい。日本に住んでる僕にとって、あらゆることが文句っぽいもの対象となってしまう。理解はしてるし、気には留めない。
23:10
激しい雨になった。
23:59
寒くて起きる。音楽は依然として。
舗装のされていない道を走っている。でこぼこしてかつ雨に濡れているため、滑ることがある。そのたびに左右に移動し、「大丈夫か?」と思わせる。反対車線には、なぜか度々土が盛り上げてあって、互いにうまいことよけながら進む。工事かな。
大規模なバスやトラックとのすれ違いが多い。その土の山が無いときは、こちらが二車線になる。対向車のあるときだけよける。よくぶつからないものだ。
2日目(2015年9月2日)
夜を行くバス
02:19
山道を走っている。「ぼやぼやっ」とヘッドライトが遠くの方から明るくなってくるのが綺麗だ。
大きな一本道を、避け合いながら使う。これ、標高とかどんな感じなんだろ。滑落とか怖いな。ほとんどのすれ違いが大型バス同士なんだけれど、彼らのハンドリングはいい勘してる。横滑りなんて気にしない。そして、ここぞというときはすっとばす。それを「おいおいおいおい、それ、おいおい!」と心配しながら眺めている。
彼らが日本の道路で運転したら、もう「ひゃっほい」ものだろう。山道を抜け、農道を走り、二車線の市街地を走り、また農道を走る。
02:38
この時間なのにすごい交通量だ。人は外を歩いているし、やっているお店もある。東京では当たり前なのに、なぜ新鮮さを感じるのだろうか。それは、全体的にぼろいからじゃないかな。土まみれで、ボコボコの車体、未舗装の道路、崩れたような建物の林立。「これら = 田舎・栄えていない」というイメージを持っているからだと思う。
ふと、先生の運転が荒いことを想い出した。それはもう大いに納得するところ。
4:40
トイレにて、既に茶色に染まっている水からおつりが返ってきたとき、2つの意味で冷やっとした。菌とかによるものが怖い。
4:58
町には必ず人がいる。
「お腹壊して、でもバスは止まらない」そんな状況に追い込まれてる人がいる。本当に辛そうで、痛いほど気持ちが分かる。中学を思い出す。今日のことをいえば、状況が逆だった可能性もあるわけで。現地人に「あれはカレーです」とか言ったら、ブチ切れられるのかなと思った。
5:36
明るくなってきた。明るくなったら、このバスがマニュアルであることが分かった。それであの山道・混雑を乗り切る屈強さね。
あと、クラクションには、少なくとも2種類あることに気づいた。「早く行けよ」と「出てくるな、気をつけろ」の2種類だ。 後者は、あのしつこいとまで思ったほどの鳴らし様は、抑止力として重要な役割を持っていた。
7:14
傘を持った少年たちが、銃を持ったゲリラ少年団に見えた僕は、この国の風土を恐れているね。登校の時間だった。
7:31
必ずしも、道路は「コンクリート > 土」ではないのだと思った。 コンクリートの道であっても、ボコボコに穴が開いてしまえば、土よりも厄介だということを初めて実感した。
話変わって、意外だったのは、傘をさす人がいること。みんな、気にしないのかと思った。
8:15
コックスバサール地域突入。このずーっと続く道を生徒が歩いているのを見ると、「大変だなぁ」と思う。小さな子ならなおさら。そして、タイと同様、道や施設に犬がいる。
表情ね。犬以外の動物は、今のところ野生で見てない。鶏は屋台とかで、牛はトラックに乗せられてとか、人に引かれてとか。
一昨日からの雨のせいか、川がどこも汚い。川と思いきや、それは湖とのこと。「雨期じゃないときは、川はどれくらいの綺麗さか」を聞いたら、「雨期以外は水が無い」と教えてもらった。
8:47
今、夢の中にいた。見慣れた定食屋にいた。こっちではどんな夢を見るのかと楽しみだったが、これからに期待しよう。雨足が強まって、ほとんど全員が傘を差す。
コックスバザールの滞在先
10:02
ホテルに着いた。あいにくの雨。
犬も牛も雨宿りをしている模様。犬がいる場所は排気口の下で、室内からの黒色の空気を浴びている。
部屋に入ると、きつーいレモンの香りがした。強烈な香り。
青い椅子からの眺めは悪くないし、
時計も24時間に二秒だけ役立つように設定されている。至れり尽くせりだ。コンセントは軒並み変圧器の破片が詰まっていて、過剰な便利さからの旅立ちを後押ししてくれる。テレビをつけるとRGBテレビだった。勝手に名付けた、文字通り三原色で構成されるテレビ。
昼食前の散歩。道には破片が散乱してして、裸足一発だな、と思った。
買い物で待っているとき、物乞いのおばあちゃんが来た。「バーツしかないけど、それあげようかな」とか、「傘差そうかな」と一回は思った。しかし、「一時のそれに意味があるのだろう」と考え、やめた。
部屋に戻り、バナナをいただく。断面は日本でみるよりも、濃い印象。味は何か違うんだけど、何が違うのかイマイチよく分からない。酸味? 甘味?
11:39
この部屋は、さっきの部屋でいう「青い椅子」のところが室内になっている。
窓が黄色いため、部屋が黄色くなっている。
※分かりにくいですね。肉眼では、それが結構印象的でした
徐々に腹を下しております。まだ痛みはないけど。
12:22
昼食を食べる。
虹色の水。
三色の電球を使ってるからだな。
美味しいんだけどな! 辛いんだ! あの緑のスライスが。どこ行っても辛いよ。
世界一(?)手の加えられてない海へ
13:14
食事がおわり、散歩。魚研究所の前は水没。
羊さんこんにちは。
海に来た。
波がすごいよ。海に入った! 特に印象に残ったのは、横に広くて砂がきめ細かいこと。砂は服から離れない。生地にも入り込むほど。その砂の細かさは、馬が走れるくらいの堅さを持てるくらい。
カニを散歩させる少年を生まれて初めて目撃した。
どうしても入りたかったから着衣泳をしたわけだけど、水でよく洗い流すまでは砂が離れてくれなかった。口の中にもずっとジャリジャリとした食感が残っていた。観光客は結構いて、現地の人ばかりだった。
外国人はというと、全然いなくて、土産屋さんなどは閑散としていた。さっきの海は、世界一自然らしいが、真偽はイマイチ。それは置いといて、入る前「水飲み込んだらお腹壊しそうだな」と思ってた。でも、支障は出なかった。
ホテルへ戻る
先ほどの犬がまだ同じ場所にいた。死んでいるかのようにぐったりとしていた。黒を全身に浴びながら。
バングラデシュ コックスバザール:部屋からの眺め - YouTube
16:49
外に出て、洗濯物を干した。この蒸し加減だったら、乾きそうもない。そして、色々な物の混ざった臭いがする。香辛料だろう。外も室内もすごい湿気みたいだ。もう体の方は慣れたけど、紙が一様にへなへなになるところを見ると、「湿気強いな」と感じる。
18:21
一昨日の事。 確かに英語でも通じるし、便利だった。でもその国の言葉を使うのには良いこともある。「明らかに英語の時よりも喜んでくれる」ということだ。逆の立場でもそうだろうね。
20:40
きた、これだ。タイで食べてから、強烈に食べたかった味だ。食べてみると、「うん、うん。この味」って感じだった。思い出補正があったようだね。
21:40
なぜなのか。
※レンガの立て方が違っていて、ベッドが傾斜している
3日目(2015年9月3日)
コックスバザールのホテル
03:52
寒気と、若干の吐き気腹痛で起きる。「寒気……?」と怖くなったが、トイレを済ませたら落ち着いた。とりあえず大丈夫で安心した。
05:51
外よりも、中で換気扇を回した方の衣服が乾いてた。湿気を帯びたシャツに袖を通して、行きましょうかね。
昨日「香辛料が混ざった匂い」って言ったけど、どうやら捨てられたゴミたちの臭いも混ざっていたようだ。
(お、おはようございます……!)。従業員。
06:37
犬が昨日から常に同じ場所にいるわけだけど、写真を撮ろうと近づいたら吠えたてられた。それまではぐったりしてたから驚いた。「ダッサ!」と言われた。
バスで移動
バングラデシュ コックスザール:バス車窓からの街並み - YouTube
07:12
バスから見えた人々を列挙。パンを売りに行く人、赤ちゃんを抱えた少女、市場でひとときを過ごす人々、店構えを始める老人とそれを見守る少年、ランニングをする集団、食堂で朝飯を食べる人々、田園の中でサッカーをする少年たち、川で網漁する少年、大人たちに混ざり土を運ぶ少年。
バスから見えた景色を列挙。基部だけの建物、茶色の池に浮かぶ看板、ゴミだらけの店通り、木々の中の集落、田園、川に抉られた地面。
窓脇に洗濯物をはためかせながら、クラクションや臭気や強い風に顔をしかめる。
今回乗ったのは路線バスだった。度々止まり、青年が「チタゴン(「チッタゴン」という地名)! チタゴン!」と、外で呼び込みをする。かと思えば売り子が車内に入ってくる。運転手はクラクションと、少しだけ前進する戦法で「行っちゃうよー」を演出。
緑が多い。飛行機から見えたあの壮大な景色の一部分。木々の真ん中の「水」は、これら池や沼や田んぼだったんだ。
08:21
そういえば、こっちに来てから太陽を見てない。ずーっと一本道で、学校をいくつも通り過ぎた。
スマホ率が意外と高い。
バスで洗濯物を乾かす。徳永英明『乾かしながら』って曲、なかったっけ。
09:16
写真でも動画でも、この揺れの凄さを伝えれないのが残念。
10:23
10:37
10:48
11:39
寝ていた。雨が上がり、少し空が明るくなり、湿気もそれに伴って少し和らいだ。
11:50
太陽が見えてきて、木の影などが入ってくるようになった!
12:06
バングラデシュ チッタゴン:バスからの眺め - YouTube
12:11
臭い。
12:38
バスから降りる。
バングラデシュ チッタゴン:バスを降りて - YouTube
バスの乗り換え ランガマティへ
バス乗り場へ向かうためリキシャで移動するも、途中でパンク。初日の車での移動よりも混沌としていた。リキシャは車体が小さいので、その分無理もできるからだ。
13:34
道を横断し、トイレへ。有料だった。
初めてのミスティー
初ミスティー。
※日本語で「甘い」の意
バスを待っているときに食べた。日本にいるときから食べてみたかったんだ。甘さはというと、甘いパンケーキがプレーンに感じる程。あまっったるい。中からあまっったるい汁がじゅわっと出てくる。「練乳を熱して、水分飛ばして、糖度上げて、練乳足して……」を繰り返して、それをぐっ!っと固めた感じ。
14:03
「チェキなんてそんなに使わないし、いいか」と思ったけど、プレゼントしたい場面結構ある。
ちょっと立ち寄った店とか、車内窓越しとか、バスで隣とか。次は持って行く。
紙の蓋。「ミルクシェイク」だっけ、パピコみたいなタイプのバニラアイス。あの味。
14:17
再びバスに乗り、今度は山へ向かう。日差しのせいか、暑さが気になる。
各窓からは排気ガスの臭いが入ってきて、空気がまずい。
15:43
山に入る際に、外国人は許可が必要らしい。
警察チェックは事前許可がなかったため、長引いた。路線バスを下りることになった。
16:27
暇なう。
16:48
ヤギが草食ってる。
※探してみてください
なぜ、こんなにも通過に時間がかかるかの理由。それは、最近外国人がこの辺で事件を起こしたため、チェックが厳しくなっているからだそうだ。
18:06
何度往来を見ただろう。今はボーッとしてる。
18:20
許可が取れたようです。県庁、裁判官の友人を通して、最後は法務大臣。自分一人だったら、ただ引き返すだけだった。そもそもバスにも乗れてないか。
今度は別のバスに乗った。関所を越えると、ある民族――ミャンマー、バングラデシュどちらにも属していない民族――が住む地域へ。
店のサービスとか、席詰めてくれたりとか、なんかくれたりだとか、意外にみんな優しい。「みんな」ってあまり使いたく無いけど、みんな。1日目のところで「『愛想』という概念はきっと無い」とか書いたけど、そんなのは無くていいことが分かった。
彼らは、「愛想がないけど、優しさがある」。この二つは違うということに、気づかされた。
ひたすら木と田んぼが続き、たまに人が住む集落や屋台がある。
複数人で集まってテレビを見る、パブみたいなものあった。
19:02
この2日間で、町中での貧しい生活や、集落単位での「これが世界」をいくつも目にした。2,3年前だったら、前者をどうにかしたいと思い、後者に心を痛めただろう。
モノゴールのゲストハウス到着
19:26
途中下車して、リキシャ移動。今度のは、左右の柵がない。山道を結構なスピードで駆ける。 カーブの時なんかは、ふんばらないと飛び出しそうだ。登らない坂は3人で手押し。山にあるゲストハウスについた。
19:35
靴は脱いで中に。外にあると犬が噛むらしい。
案内者3人と、ゲストハウスのマスターとおっちゃんが何やら話をしている。ベンガル語だと、一単語たりとも分からん。
「ハイ、キタムラ」、「モリシゲル」。空耳しか聞こえない。新鮮で、ただ聞いてても飽きない。後で聞いてみると、明日からの予定合わせだったとのこと。
この学習ボランティア施設は、1979年の独立後すぐに作られた。親がいない、お金がない、そんな人が来る。そこのマスターが「なにを考えて生きているか」を聞いた。 「ここでお世話になって育った。その恩を返したい。仏教も広げたい。それに一生を捧げる」だそうだ。
20:34
夕食へ。リキシャのこの臨場感と迫力を、動画で少しでもお届けしたい。
バングラデシュ ランガマティ:迫力臨場リキシャ - YouTube
そして、食堂に着いた。
1日使って、黒くなった。確かに、あの臭いといい見た目といい、うなずける。ダッカクオリティ。
日本にありそうな味の、辛さを強めた版みたいなルーもあった。
21:54
食後すぐ来た食あたり。おととい、腹痛で苦しんでいる人に対して、「痛いほど気持ちが分かる」って書いたけど、忘れてた。あの、追い込まれる感じを。
23:02
蚊帳の中。既に夕方に刺されてる。犬の遠吠えが、外から聞こえる。
23:32
腹痛が長引いてる。こっちの人にとっては普通のものしか食べてないのに、体を酷使する結果になってる。
4日目(2015年9月4日)
ゲストハウスより
06:48
ほんの少し朝日が射し込んでいるだけで、清々しい朝。それだけ太陽が珍しい。
廊下に響く、子供の声、お経の声。
エニナルボーヤ。
眠る犬達。日陰よりも日なたなんだね。
08:07
これ、凄いサラサラしてて掃きやすい。習字もできそう。少し掃き掃除をした。
08:33
卍になってる。
モノゴールの施設内を散歩
ここでも犬はおびえた目をしていた。
どうも。
ぼ、僕もムキムキになれますかね……。
09:12
朝食を食べる。ポテトカレーとルティとバナナ。 ルティは日本で食べるものと違って、柔らかい。小麦粉の違いによるものだそうだ。
ランガマティ地方だけで作られてる山バナナ。マンゴーに近い味。断面はコックスバザールで食べたものと違って白い。
初めてチャイを飲んだ。 MOANOGHARの施設をまわる。30エーカーあるらしい。エーカーってどんなんだ。
学習施設。今日は休み。金曜土曜は休みなので、塾に行く子はいた。日本語を習っている子がちらほらいて、自己紹介をしてくれた。将来日本と、ボランティアで関わりたいという少年もいた。
簡易病院。重病ではない限り、ここで治療してもらえる。看護婦さんもいる。「子どもたちの遊び場になっているのではないか」と考えた。
国が作った道。 この施設は小学校から高校まである。技術学校もある。
ガスはないので、薪で火をおこす。
女子寮。男子寮と違って、門の中にある。
洗濯物がカラフルで綺麗だ。
かつお、お前、いいぞ。テレビの前には、ずらーっと20人くらいが座っていた。そこはホールのような場所で、全員がテレビに釘付けなのが印象的だった。
かつおは微妙な顔されるけど、手を合わせると、笑顔で返してくれる。みんな可愛い。本当に。
少女や女子があちこちで顔を出していた。
建設中の学校。ここの技術学校を出た人達が、その技術を活かしている。女子寮の中にも、家具を作っている男達がいた。卒業して、別の場所に暮らしていても、手伝ってくれるそうだ。
チャクマ族の王の家へ
11:23
休日だから、皆ぶらぶらしてるのかな。
お寺に到着。裸足なので、地面が熱い。
猿がいた。「見ざる、聞かざる、言わざる」の像もあった。
一番奥の上にある、額縁に入った金の釈迦。これは、みる角度によって顔の向きが変わるというものだ。どうやって作るんだろう。
船を渡り、王の家付近へ。前の家は、差別によって燃やされたそうだ。「山岸君、(この国で)モテないね」と言われ、「('-')」な気分。
街で買い物
12:48
ランガマティのメインタウン。
15:27
今は再びゲストハウスにいて、ダッカ行きのバスを待ってる。
バングラデシュ ランガマティ:夕方リキシャ - YouTube
ゲストハウスから、リキシャでバス停へ。
17:08
ヤギって、目は不細工なんだね。
バス停。帰宅、かな。人がたくさん。 牛がぼやけた顔でドヤりながら道路渡って、リキシャが一生懸命に避けるの面白い。
バス停に駐屯する7人の警官。
山を下りる
途中、停車し、警察が入ってきた。ミャンマーからインドへ、武器や麻薬を密売する人がいるらしく、そのチェックだそうだ。
18:48
色々なモノに慣れたのか、今日一日記述したことが少ない気がする。 砂埃のシャワーを浴びて、原付帰省の時みたくなってる。はぁー! 空気がまずい!
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19:59
超焦った。
バスが燃えた。
バスが停車し、前の乗客が席を立ったとき、「降りるのかな?」と思った。その次に、前に人集りができる。「人でも轢いたのかな」と思っていると、後ろにいた先生が、「降りるんだよ。みんな降りて!」。「!?」となって前を見ると、運転席が燃えている。煙が車内に立ちこめる中、全員外へ。
僕は窓から飛び降りました。どれくらいで爆発するんだろう。怖かったから。怖かったといっても、それは終わった後で感じたこと。不思議なことに、最中は「無」に近かった。乗客が前からぞろぞろ降りてたけど、「それはいけない」と無意識に思った。
「前が燃えてるのに、前から出るのはダメだ。皆が向かってる方が最も安全とは限らない。大事なのは、危険から離れるとこと」 そういう色々なことが一遍に、無意識化に上ったと思う。とにかく「バスから出る」ことしか考えてなかった。
「バス、燃える」って!
バスは使えないため、リキシャに乗り換えてバス停を目指す。 夜の本道、排気ガスがすごい。主に車とバスのかな。思わず服で口鼻を覆う。細い路地に入ると、「空気がおいしい」と感じる。実際はそんなことないだろうけど。
乗り換えたリキシャでは、バスでは通らない道を通った。本道から一本入った道だから、民家もある。本道以外の道がどうなってるのか、見れて良かった。見たことない店がいくつかあった。超眩しい宝石店とか、テレビでゲームをやる場所とか、屋外でエアーホッケーとか。スマホやサンダルが粉まみれになり、心なしか肺が痛い。
21:12
夕食。まだ余韻が覚めない。
バングラデシュ:口論を見守るおじさんの口が開いていた - YouTube
バス待合所にて、目が離せない案件が発生。口論の外にいるおっちゃんの口が開いていた。
再びダッカへ
22:08
再びバス。この運転席付近に立っている、おそらく交代要員の兄ちゃん達は、いつ寝るんだろう。運転席付近だと、「クラクションの振動」が伝わってくる。
23:30
少し寝て、起きた。運転手、若いのかな。クラクション、スピード、ブレーキが激しい。これらは基本的にストレスの要因なんだけど、これらから生み出される光景は、目を楽しませてくれる。
トラックを追い抜いては、対向車を避ける。すれすれまで対向車と同じ車線を走ったり、トラックを追い越した瞬間対向車の目の前だったり。日本では味わえない楽しさ。兄ちゃん飛ばすなー。「ふふふっ」と笑ってしまう。
なぜこんなにも最速を目指しているのか。例えるなら何だろう。混んでる駅校内で、人の流れに対して垂直に全力ダッシュするみたいな感じかな。後は、「そんなにすれすれを目指すことで、なんか高得点が貰えるの?」と、ゲームの追加ボーナスを現実で取りに行く感じ。ゲーマーの意地みたい。
5日目(2015年9月5日)
チッタゴン―ダッカ―ダッカ北
00:20
猛スピードで逆送し始めたけど、どうしたのかな。バスの前に小さな子が躍り出て、スプレーを噴射。バス内に暫し清涼臭が。道を間違えたみたい。
05:40
06:55
裁判長官(先生の友人)の家に着いた。
この辺が、裁判長官っぽい。
ヨーグルトとミスティー。ヨーグルトはスモークの味がして、ミスティーはやはりひたすら甘い。正直まずい!
二種類のミスティ。驚いたのは、お手伝いさんが3人もいて、奥さんが家事をしないこと。
※因みに、中流階級以上ならお手伝いさんを雇うのは普通らしい
将来有望。日本で食レポとかすればいいと思うよ。しばらくこの子と遊んでいた。場はこの子中心で動いていて、多彩な動きと顔と声でみんなを楽しませてくれた。その多彩さといったらもうすごくて、パターンが見えなかった。湯水のごとく新しいことをしていた。
バングラデシュ農業大学へ
バングラデシュ マイメンシン:リキシャから見る、混雑した道路 - YouTube
10:38
広い。
コンピューター、農業技術、機械、色々ある。6学部25学科くらい。南アジアで一番らしい。何が? 色々か。
この大学は、巨大な植物園みたいなのも所有してる。とにかく広かった。
一旦休憩
13:18
裁判長官宅の一番下階は、看護の技術学校になっている。生徒は15人くらいで、主にガル族の人。
2階の女子寮は5人一部屋で、ベッドずらーっなってた。
周辺を観光
バングラデシュ マイメンシン:ヒンドゥー祭り - YouTube
16:24
途中、ヒンディーのお祭りをやってた。
昔の王の家。裁判長官の車は、救急車みたいなことができるんだってさ!
16:35
次はWorld Vision Bangladeshへ。休日だし、お祭りやってるしで、室内には入れなかった。
ボートに乗って、向こう岸へ。「専攻は?」と聞かれた。僕は学際的な勉強より、今は農業とコンピューターだからそう答えた。その後に先生が本当のことを言うもんだから、英語伝わってないと思われただろうなー。
バングラデシュ マイメンシン:船漕ぎとベンガル語と夕日と向こう岸と - YouTube
向こう岸には、ちょっとの屋台と、椅子と、ヤギ。
歩きながら、「『ミヤギ』ってどういう意味だ?」と空手キッドのことを聞かれた。今度『空手キッド』観よう。
再び船に乗り、向こう岸に帰る。途中に唐突に質問された。「お前は詩を書くだろう。静かだ。芸術が好きそうだ」。 なぜ詩を書くと分かったのだろう。静かだからという理由だけでか。
18:27
お祈りが始まる(時間らしい)。
「ああ......。英語力......」の場面が、今日は多かった。もっと多く、自分の考えを伝えたかった。そう、今となっては、各問いに対する答えは持っているのに。
「cool」と何度も言われたが意味は分からなかった。shy的な感じなのだろうか。
ダッカ空港近く宿泊先へ
21:41
宿泊先へのバスに乗っている。 運転手と入口付近の青年3人組が、楽しそう。運転のことで盛り上がっていて、笑顔で会話している。彼らの自由な感じ、いいなー。衝突でもしたら、確実に入り口付近の2人はぶっ飛んで死ぬけど、そのギャップ最高。
6日目(2015年9月6日):帰国
00:34
再び、初日の先生親戚宅。二日ぶりに洗った頭からは、黒い水が出てきた。
02:27
不覚だった。蚊に刺されまくった。 一回かゆくて起きてるけど、「なんかかゆいけど、そういう感じで寝たしな」と寝ぼけて、また寝た。二回目にかゆくて起きた時は、すでに遅し。全身をくまなくやられていた。ジーンズ、シャツに着替え、足にはいていた短パンを巻いた。
その家の奥さんが優しくて、こんな遅い時間まで起きて便宜を図ってくれた。窓を閉め、体にかけるものをもらった。
08:52
子供からもらった。インスピレーションが得られるね。こういう画をあえて描いてみたい。お返しにドラえもん描いた。そして100円玉を二人にプレゼントした。
日本へ帰る
10:36
絵画や写真の本をいくつか買う。ドルで買うと、タカで返ってくるんだね。そしてお腹痛い。
今回の旅を通して
今回は「国民性」のでき方について、自分なりに納得がいった。「なるべくしてなる」というものだ。 5日間で、イヤというほど混沌を体験した。それは煩雑な交通だったり、騒音とも呼べるクラクションたちだったりする。日本で聞く一生分のクラクションを聞いた。そんな中で生活していたら、同じ様なことをする人間になるのは、何ら不思議なことではないと感じた。最初は誰かが始めたんだろう。それが周囲の人に広がり、それが国民性を作る。バングラデシュに行く前、日本では「先生、運転荒いな!」と思ったことがあったが、今はもう大いに納得するところ。
そして、印象的だったのは「愛想」が無く「優しさ」がある人々。建前が無いので、かえって心地良かった。
23:03
羽田行き発。機体が傾く度に、「アイレベル全無視」みたいな夜景が目の前に展開される。普段は見ることのできない窓いっぱいの夜景を見たところで、今回は終わりにしよう。
バングラデシュにいたこの五日間。驚くほど実感がない。今日、公園を歩いて家に向かってるときや、自転車で買い物に向かってるとき、「え?」ってなった。写真は沢山あるし、まとめるのに二日くらいかかるメモもある。なのに、実感の方はごくわずか。記憶の時系列では、三年前のタイとtie。
(2015年9月7日 22:11)