雑記に次ぐ雑記

体験と生活と芸術の考察ブログ

落ちた涙の滴が奇跡を起こしすぎ問題

なぜ涙が奇跡のきっかけになるのだろうか。

それを考えたときに、「転換点、変化のきっかけとして使いやすい」ことや、「思いの強さと、その結実表現に良い」などが思い浮かんだ。

他に考えられる奇跡のきっかけ

では、奇跡を起こすきっかけとして何か他の候補はないか。

「両手をかざす」というのはどうだろう。

f:id:DaikiYamagishi:20170701103616j:plain

違う、これでは魔法だ。魔法の場合、奇跡は「当然」になってしまう。もっともな理由で奇跡を起こしてしまうという「説明」をしてしまうと、興ざめに繋がってしまうのかもしれない。

なるほど。涙が奇跡を起こす事に対して原理を求めていたが、奇跡そのものが原理を持っていない。だから、奇跡をを起こすきっかけの方も何か超常的なものが良いらしい。

その観点で涙以外のものを考えてみると、なかなか思い浮かばない。「思いの強さが形として現れるもの」や「強い衝動や願いがあった時に体に起きる変化」には涙が最適。悲しみだけなく、感動や喜び、怒りなど、多ジャンルで活躍できる。もしかしたら感情の全ジャンルでいけるかもしれない。「体から離れて対象物に移動できる」という性質も、影響を及ぼしてる感があって強い。それを超える他の候補が思い浮かばなかった。

今回分かったのは、「演出する際、安易に『涙』にいってるわけではない」ということ。一番効果的な方法だから「涙」を選んでいたんだ。

(2016年12月12日)