感化と変化の記録

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3.俺14

体験と生活と芸術の考察ブログ

記憶について

感動は記憶に残る

高校の卒業式の日。クラスで最後のHRをやった時、「各親を前にして各生徒が一言ずつ話す」という催しがあった。その中の、ある一人の話が今でも心に残っている。

「(うつむきながら)僕は、消防士の試験に落ちました。来年……(泣)。来年は受かって、皆を(泣)助ける立派な消防士になりたいです(泣)」

別に凄いことは言ってないし、大した内容ではない。ポイントは「言い方」だ。言い方が心を動かした。

惨めさが漂う内容の文を泣きながら話す。それも、若干幼稚に。これによって、私の心の中には共感性羞恥のようなものが生まれた。

参考:【他人の失敗を見るのが苦手?】「共感性羞恥」が話題になっていたので調べたらめちゃくちゃ自分のことだった話 - コトバラボ

端的に言うと「ダサいなぁ」という感情を、彼の話を聞いている時に覚えた。それは馬鹿にする意味合いではなくて、「見ていられないからやめてほしい」様な感覚。その感情と一緒に、一連の出来事をふとした時に思い出す。「自分がどんなことを話したか覚えていないのに」だ。

そこには何かしらの強い感情がある

同じように、「かなり前に起きたことで覚えていること」といったら、やはり心が動いた瞬間ばかりだ。

例えば小学校二年くらいの頃、プールで好きな子が自分じゃない他の男子と楽しそうに遊んでいるのを眺め、悔しがりながら謎の息継ぎ運動を黙々と繰り返してゴーグルに涙を溜めたこと。

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例えば中学1年生の頃、「一家に一台」と言われながら女子に頭を抱かれ脳みそが「ほわわわー」となって微動だに出来なくなったこと。

例えば高校1年の頃、友達がボソッと呟いた「金魚のふん」という言葉が心に引っかかり、暗い影が一つ落ちたこと。

例えば大学1年の時、配膳のバイトで昇降機の上からビール瓶の入ったケースを「ガシャンバリーン!」と落として、恥ずかしさと申し訳なさの中、社員の人に後を任せて次の作業へ走ったこと。

こうやって挙げてみると、初めての感情や登場頻度の少ない感情において記憶される傾向にあるようだ。それらある一点を思い出すと、その数秒間の周りの様子までもが心に浮かび上がってきた。

エピソード記憶

「記憶 感情」で調べたら、エピソード記憶というのが出てきた。聞いたことある。

(前略)――イベント(事象)の記憶である。エピソード記憶には、時間や場所、そのときの感情が含まれる(感情は記憶の質に影響する)。

引用:エピソード記憶 - Wikipedia

そうか、感情は記憶の質に影響するのか。だから強い感情は強い記憶を作るのか。長生きでハッキリとした記憶を。

じゃあ、指名の度にナイフを突きつけてくる「熱血! 豪快! 銀行強盗先生」みたいな高校教師がいたら良いね。卒業後何年かして旧友の結婚式の招待状を手に取った瞬間、どこからか鉄の匂いがするだろうよ。そんな未来。

(2016年11月24日)

今だけを忘れる祖母

(追記:2017年1月5日)

「小学校3年くらいの時、冬の雪が積もった日に3人くらいでする遊びがあった。靴についているアメゴム(?)を杉の樹液と混ぜる。すると、伸ばしたり風船ガムのようにできる。『おまん(お前)のがん(やつ)伸びる? くんないや(ちょうだいな)』と言って遊んでた。夜、机の上に置くと怒られるから、柱に貼ってた」

「これも低学年の頃。「迷い道」という遊びは、まずみんなで雪を踏み固めて道を作るところから始まる。迷路を作って駆けまわる。そうやって遊んでると、70歳くらいのオンダという乞食がやってくる。みんなで『オンダが来たぞー!』といって逃げる。オンンダは火葬場で寝ていたら焼け死んだ(本当かよ)」

とこのように、祖母は昔の出来事を割とはっきり覚えている。その反面、直近の情報を忘れやすい。つまり、短期記憶を長期記憶にする機能が衰えているんだと思う。そこで私は、他の人とは違う話し方を祖母に対してだけすることがある。それは、感情に働きかけるような話し方だ。

「感動は記憶に残る」という概念の影響だ。

Preziを使った3分間の凄いプレゼンよりも、「落としましたよ?」のティッシュ配りの方が心に残ってる。
(2015年6月24日 23:37)

覚えたときには忘れている

有限会社「記憶」

「覚えたときには忘れている」

それはつまり、「(新しく)覚えたときには、(いらない記憶を)忘れている」ということ。脳の容量が有限である限り、記憶できることも有限だ。記憶量100/100の所に新しい記憶が来れば、そいつをどこかにやるか古いやつを消すかしかない。圧縮をしても、やはり何かが削ぎ落とされる。

「(私は)何を忘れただろう」

そう心の中で思うことがある。それは、何か新しくムダな事を覚えてしまった時だ。

現在、仕事の関係で設計の図形についてたくさんの記憶をしている。究極的に考えれば、私の進みたい人生に無関係のことなので、「(脳の容量が)勿体ないなぁ」と思う時もある。

ここからは仮定の話。設計に関する事が入ってきた代わりに、「要らない」と判断された記憶が押し出されるとする。ところてんみたいに。例えば、その中に「おばあちゃんが砂糖と塩を間違えて、父がむせた」があるかもしれない。脳のシステム的に重要度は低いんだろうけど、「私」からしたら、そのどうでも良い方がどうでも良くない

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100/100の使い方

もう会わなくなってしまった人の名前や、エロい事は必要ない。しかし、どうやったって100/100に居座り続ける。うーむ……。

長期記憶の中でも、永久的に残る記憶があると思う。どう転んでも絶対に忘れなさそうなやつ。その中で「選択削除」が出来たらいいな。ギラ、ベギラマ、ベギラゴンとかは真っ先に消す。
(2016年10月10日 2:20)

(2016年12月9日)