感化と変化の記録

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3.俺14

体験と生活と芸術の考察ブログ

バタフライエフェクトを感じた

考察・問いかけ

20161104093845
怒るに怒れない差し入れ。優しさといじわるの混在!
(2013年2月11日 21:20)

友人(T)と2人で出かけた帰りの出来事。

休講にならなければ、何もかもが始まってなかった

Tに初めて会ったのは中国語の授業だ。

ある日の授業が休講だった。掲示や通知はされておらず、いわば教授のドタキャンだった。学生たちはそれを知らないので、しばらくの間待っていた。

なかなか来ないので、教室内がざわつき始めた。その時、私はいつものように隣の席の奴と話していた。Tは後ろの方の席にいる。まだ知り合いですらない

誰かが確認しに行ったか、係りの人が連絡しに来たかで、休講だと判明した。その時、「なんだよ~」という空気を近くの何人かで共有した。仮想敵を見出して一体感が高まる感じだ。

「じゃあ、飯でも行くか」ってことで、初めて話したメンバーで昼食を食べた。Tを含む何人かとの交流は、そこから始まった。各々との交流は様々な派生*を見せ、自分の生活に少なからず影響を与えている。

冬空の下、駅のホームで好みでもないおしるこを飲んだのは、あの日の中国語の授業が休講になったからだ。でなければ交流は始まっていなかっただろう。元を限りなく辿れば「自分が生を受けたから」になるんだろうけど、それはなんか違う。休講の件は一種の例外だから、普通に時が進んだ場合と比較して、より意識される。

*派生例:人と仲良くなる為に一番大切なのは「時間の共有」だよ - 3.俺14

この話に出てくるNとも、中国語の授業で出会った。私はNを誘い、同じ部活に入った。Nの家は部活が終わった後のたまり場になり、そこからまた派生が生まれた。Nを起点とした一連の出来事は、私に大学生らしい楽しい日常や見習うべき人に対する姿勢などをもたらしてくれた。言動に少なからず影響を受けた。今は疎遠中の疎遠だが、ふと「きっかけ」に思いを巡らせたときに感慨深くなる。

もしかして、人との関わりでしか人生は変わらない?

「テニス部に入らなかったら、あの大学にいく選択肢は生まれなかった」、「あの人に出会わなければ、今の習慣や向上心はなかった」など、振り返ってみれば同じようなことがいくつかある。パッと思い浮かぶターニングポイントは、全部自分以外のが絡んでいる。これって全てにいえることなのだろうか。本や映画からインプットするだけでは、「一本道の世界」になってしまうのか。

人との関わり例

大学のパンフレットに載ったことがある(といっても0.5秒ほどだが)。そのきっかけは、やはり人の繋がりだった。

ある講義を受講 → ある教授主催のパーティーに誘われた学生に、講義繋がりで誘ってもらう → 主催者教授は、自身のゼミの生徒にパーティーの写真を見せる → こいつをパンフレットのやつに出そうぜとなる

この流れでパンフレットに載ることになった。自力では頼み込む気にはなれないし、そもそもその機会を知ることもなかった。

大学生活の後半から、卒業後の現在にかけて、外に出て人と会うことが少なくなっている。それは同時に、「もしあの時ああなっていたら……」の分岐点に立つこともを少なくなったということだろうか。「もしもあの時」に多く立ちたい。

本当はあの夜行バスに乗った時に事故に遭っていて、その時から今までの過去と現在と未来が、昏睡状態の中の夢である可能性は果てしなく0。しかし、「それら三者に終わりが来て、精神と時の部屋での膨大な時間を手に入れ、Dhakaの病院で目覚めて、二回目の人生開始」という思考遊びはあって良い。
(2016年3月18日 4:36)