感化と変化の記録

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

3.俺14

体験と生活と芸術の考察ブログ

人材教育の会社に潜入してきた話

体験・旅行

f:id:DaikiYamagishi:20161016172008p:plain

「こんにちは!」、「こんにちは!」、「こんにちは!」

開場前、私は「こんにちは!」の集中砲火を受けつつ、会場の客席へと向かった。

2014年9月くらい。会社名は載せませんが、ヒントを言うと「人材教育コンサルティング」を行う会社です。そこ主催の研修の発表会に、観客側で参加しました。

※潜入当時、この会社に対してマイナスな偏見があったことを付け加えておきます

無理はやめて、自分らしく振舞ってほしい……

一部が終わり、二部へ。彼らの見せる作られたひきつり笑顔と、妙なフレンドリーさが怖い。見に来る人もフレンドリーだし、うんうんとうなずくところも怖い。

ひきつり笑顔に加えて、「テンションが高い、元気のテンプレ感」がほとんどの人にあった。みんな無理してて、個性が死んでいると思う。全員が積極的な話し方をするからだ。例えると、ブラック企業社員や宗教信者が語るときみたいな、「どこ見てるかわからない、自分の世界に入っているホワワーッとした感じの話し方」だ。

ある人(Zさん)は、ひきつり笑顔に手と顔が震えていた。「無理してるなー」と思った。皆はもちろんそのことには触れないが、違和感を感じていたことだろう。

元気ハツラツではなく、真面目に話しているとき、「その人らしいな」と感じた。落ち着いた性格なんだから落ち着いて話をすればいいのに。その話し方の時は緊張の様子が見えず、しっかり話せていた。「ガオー」とか「せーのっ! はい!」とかやってるけど、向いていないよ。そういう性格の人に任せな。みんながみんな明るさを目指す必要はない。

20161104100145
完全ではないけど、求めているモノに限りなく近い表現。根暗が無理して頑張ろうとする感じ。なんて言えばいいんだろう、ピッタリな表現はないだろうか。
(2014年9月5日 20:50)

「型破り」は型を知らないとできない

「こんにちは!」

会場設営をしている初対面の人(Xさん)に満面の笑みで挨拶された。あまりの勢いに一瞬「えっ?」となって間ができてしまった。まるで知り合い。


Zさんの発表の仕方が型にはまってガチガチだった。ただ、これは悪いことではない。なぜかというと、まず型を知って定着させないと、型は破れないからだ。これは、絵を描いているときに実感している。「みしまるくん」をちょっとふざけた感じで描けたのは、何度も描いて型を知っていたから。

『型を知らなければ型破りはできない』みしまるくんをもくもくと描いていたら実感できた。
(2014年5月22日 20:59)

「ぼくは!」とか皆に話しかけるようにとか、すごい気を使って話しているんだろうなと感じた。その型を破り、自分なりの型にしたとき本当にいい発表ができると思う。

無料イベントを有料で売る

自信をもつにはある程度の鈍感さは必要だなと思った。それは、隣の客席に座っていた人の「全部英語でインタビュー受けてるから! 見てみて」という言葉から思った。無理した積極性は、どこか英語の積極性の強要に似ているなと感じた。


ここで、一つ思ったことがある。俺みたいに「イベントだけに興味がある人」ってのがいると思う。「そういう人のためにUstreamとかで配信があれば交通費浮くのになー」と思った。 無料のイベントでも試聴料100円。これでも俺は見る。交通費2700円がかからないから。あっちとしては無料イベントでお金が取れる。Win-Win。

無理して作られたテンションは不自然に映る

潜入レポートに戻る。ネタとか微妙な間とかで笑いを演出しようとしていたが、仲間内(受講生)しか笑ってなくて気持ち悪かった。しかも、その笑い声が大きいこと。受講生は観客の周りにいたが、真ん中だけシーンみたいな場面が多々あって滑稽だった。

さっきの「無理した元気さ」の件、一人だけ「ハツラツ + 元気を無理してない人」がいた。根っからの性格なんだろうなと感じた。ただ、普段接している人にいないタイプなので「裏があるのでは?」と感じてしまった。

他の参加者は総じて「本当にこの性格なのか?(ほぼそうでないという確信がある)」と思うほどテンションが高かった。というか上げようとしていた。

先入観がもたらすもの

さっきの例外の人みたいに根っからの元気人なら心の動揺なく安心して見ていられるのだが、元々そうでない人が「変わりたい」と思っての事なので落ち着いて見てられない。この価値観の植え付けみたいなことは、私が大学生時代前半に陥ったビジネス書の受け売りに似ている。

話し始めにいきなり泣いたりするのを見ると、初めに恐怖の感情が来る。そのような叫びと言っていい演説があちこちから聞こえてくる。気が狂いそうで、大袈裟ではなく本当に吐き気がした。

偏見や先入観とは怖いもので、自分は熱心すぎる発表を見て恐怖と嫌悪感しか感じなかったが、ある人にとっては涙を流すほど感動できるプレゼンになり得る。

ある女の人が、発表中は終始泣き声で通してたのに、発表後急に笑顔になり、「泣いてなかったじゃん」という状況になったこと。それとサポーターの大根役者(Xさん)がする、演技のような話し方(お笑いのネタでわざと泣いている演技をしてみせるときみたいな話し方)を見たことで、「何これ演劇?」と思った。特にサポーターのXさんには腹が立ち、マジで台本があるんじゃないかと思った。セリフを言っているみたいで呆れた。

女子勢は泣いているのがデフォルトだった。例えるならキンタローの泣きネタがずっと発表の最後まで続く感じ。

強迫性自分の人生ストーリー化症候群

全体を通して、自分の過去のストーリーを話して、「じゃあどうしたいか」という内容だった。感じたのは「その結論は飛躍だろ」とか「そこまで意気込んですることか?」とか大きく捉えすぎだということ。

親に感謝するために、友達に感謝する習慣をもうける? 今すぐ親に感謝しろ!

企業研究を毎日3社、1時間ずつやって最終的に150社みる?  興味のある業種でバイトしろ!

自分の人生にストーリーは必ずある。でもそれをみんなが成功者みたいに話したがる。だから「あれ?」と感じるちょっと意味の通らない未来が出来上がる。「金融会社に入って自分のような人を助ける」、「輸送会社で働くことがモノを作っている友達に恩返しをすることになる」など、こじつけ力の方は上がりそうだ。

負の要素で今日は学ぶことが多かった。

彼ら彼女らが「じゃあ、家に帰って家族にありがとうと言います!」と言えないのは、大きな事を強要されている、または全体の雰囲気がそうしているからだと思う。「こういう場なのだから、夢は大きくなければいけない!」と思っている節があるのでは?


「来てくれた皆様にもう一度お礼を言いましょう。ありがとうございました!」

「「「ありがとうございました!」」」が印象的だった。

(2016年3月19日)