感化と変化の記録

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恋愛ドラマの登場人物は恋愛ばかりしているのではない

「恋愛ドラマの登場人物は恋愛ばかりしているのではない」

これは、よく考えれば当たり前のことかもしれない。でも、私はそれに今更気づいた。

北川悦吏子『Love Story』を見て

初めは、「ジャンルを1つに決めるってのはいかがなもんでしょう」ということについて記事を書くつもりだった。

Love Story (1) ~(6)DVD BOX

そのきっかけは、北川悦吏子『Love Story』のDVD(TVドラマ)を見たこと。ふと、「ジャンルを1つに決めるのはどうなのだろう」と思った。この作品だと恋愛。

「例えば『恋愛』とジャンルを決めると、恋愛させるように作ってしまわないだろうか。キャラクターの個性がまず最初にあって、後は自由にやらせるのいいのではないか」

そう思った。

「そうすれば、縛りもない。キャラクターの色々な面を描ける。自然な作品になるのではないか。いいじゃん。いや、でもそうしたらぼんやりしたパッとしない駄作になるのか?」

こうも思った。混乱した。そして、やっと分かった。「自分を撃つッ!!」

恋愛ジャンルは登場人物の恋愛面を描いているのだ」ということが。登場人物に恋愛ばかりさせているのではなく、日常が普通にある中で、そこから恋愛に関係あるところだけを取り出している。なんだ、そうか。じゃあいいや。

最近、ファイアパンチ』作者の藤本タツキさんのインタビューを読んだ。

natalie.mu

その中で「物語のジャンルが変わるような作品を描きたい」という話があった。今ならば正しくこの話を解釈できる自信がある。登場人物の人生から、取り出すモノを変える。焦点を変える。見る角度を移す。そういうことだろう。

何かスッキリした。

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(2016年7月17日)