感化と変化の記録

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3.俺14

体験と生活と芸術の考察ブログ

こういうサプライズはどうかと思う

考察・問いかけ

『ノンタンのたんじょうび』の何が面白いって。最後のサプライズのために、全29ページ中22ページはノンタンがハブられてることだよ。
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(2015年8月26日 15:06)

最後の一瞬のためにほとんどの時間仲間外れ系サプライズ

上の写真にあるように、ノンタンは序盤から終盤までとことん仲間外れにされる。タイトルが『――誕生日』なので、読んでいる側は「まあ、サプライズの為だな」と分かる。しかし、当人のノンタンは本当に友達の悪意を信じている。「もういいよあほんだらー!」というようなことを言って、一人丘に駆けていく。残りの数ページで友達がノンタンを家に連れていき、「サプラーイズ! はっは! あの仲間外れはこのためだったのさ!」と告白。ノンタンは「なーんだ、そうだったのんだ。ははは」と笑って終わる。

ははは、じゃないよ。なんか、「終わり良ければ的精神」で良い話みたくなってるけど、エンドがハッピーならそれでいいのん? 気分をマイナスからプラスに持っていくという「伸びしろ」で考えたとき、そりゃ効果的でしょうよ。でも、その過程で本人の心を傷つけてるからね?

『も~っと!おジャ魔女どれみ』の25話「ひとりぼっちの夏休み」も同じような話だ。友達がこそこそ話していて、主人公が近づくと何かを隠すように離れる。別々の用事で出かけたはずの家族が一緒の車に乗って楽しそうにしてるのを見かける。街で出会った友達に苦い顔と共に「ゲゲッ!」と言われて避けられる。ラストはやっぱり「サプラーイズ! あれはね――」となるわけだが、主人公は「嫌われたのかな……」と気分を落としている。

こういうのってどうなんだろうか。マイナスに落としてからプラスに上げるんじゃなくて、フラットな状態からプラスに上げるだけで十分だと思う。気分の伸びしろは薄いけど、誰も傷つかないからハッピーじゃん!