感化と変化の記録

3.俺14

体験と生活と芸術の考察ブログ

「芸術」って何だろう (京都国立近代美術館:平成27年度 第4回コレクション展)

屏風の意外な面白さ (京都国立近代美術館:琳派400年記念 「琳派イメージ」展) - 3.俺14

これの続きです。

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半券で見れるの、お得。

逆に

近藤浩一路『三条大橋』

おそらく霧。霧が、墨の塗っていない部分で表現されている。それが好き。また、墨の濃淡の使い方がうまく、リアルさが感じられる。

芸術ってなんだろう

今までは「表現(芸術)」というと、「自分の中にあるモノを作品を通して伝える」という意味しかなかった。それが最近、決して上手なわけではない作品を見ると、あることを思う。「ただ、自分の表現したいことを表現して、見る人は自分の中の何かをそこに見出したり、共感したり、ハマったりするんだ」ということを。だから、例えば何の意味も持たせなかった抽象的な詩が、受け手の気にかけていることや、価値観として持っているものなど、何かにひっかるかもしれない。

井上石邨さん(読み方分からん)すごい

井上石邨『雲海』、『荒原』、『細泉

墨の濃淡だけで、ここまで表現できるのか。すごい。緻密であり、力強くもある。不思議だ。

年齢不詳

Hannah Höch『Angst(Fear)

※ハンナ・ヘッヒ『不安』

キュビズム的な色の塗り方(スフマートが少ない)をしているところや、若干デフォルメされた、おばさんだかお姉さんだか分からん、このお茶目でかつ少し不気味な様子が良い。

原色は原色でも

里見勝蔵『渓谷の春』

遠くから見たとき、目をひかれた。原色に近い色が淡く使われていて、それがとても綺麗。

きっと、面倒くさくなったんだよ

小出楢重『横たわる裸女B

なぜ顔だけが適当風に描かれているのだろう。他は繊細なのに。

無言空間共有Communication

佐藤敏『無僧』

工具や板やばねをを張り付けた作品。何なのか分からないこの前衛的な作品を、腰の曲がったばあちゃんと見ている。「なんか良いな」と感じた。わけの分からないものを見ている時間を共有しているのがさ。

木なのに

熊倉順吉『風人'67』

木の台座の上に、柔らかそうに見える何かがたるんで乗っている。木彫りで、布みたいな物の「くてー」とした感じ表現しているのは凄い。

展示の仕方

額に入ってるやつだと、たまに光が反射して見にくいのがある。周りの景色が映りこんで。それは、展示の時 + 作るときに気を付けなければいけない点の一つ。

「フェリーツェ・"リチ"・上野=リックス」という名前

『プリント地(蒼い花)』などのプリント地シリーズは、パズルのように柄が敷き詰められている。 こういうのを見ると、「どこが最後に描いたところなんだろう」と気になる。少し不自然になるはずだから。それとも、入念な下書きをしたのか。『プリント地(蒼い花)』は特に配置が綺麗だから、尚更そう思った。

余談

一緒に行った友人3人が、1時間ほど会場の外で待ちぼうけをくらった。彼らは観るの速いから。

鑑賞終わりに対面したときの悲壮感と疲労感のある顔を見たら、「ごめん」という言葉がこぼれた。いや、儀礼的にだったかな。

(2015年11月26日)