感化と変化の記録

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3.俺14

体験と生活と芸術の考察ブログ

「なりきる演技」は「双方向の演技」の通過点なのか(第33回三島市民演劇祭)

芸術・デザイン

2015年2月15日。

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第33回三島市民演劇祭に行ってきた。

1.シアター万華鏡『長崎の鐘』

演劇って、「キャラキャラしくなる」ということが起きる。いい演劇を見てないだけかもしれない。それって、「声を張らないといけない」ということが影響してると思う。マイク使えばもっと表現に幅を持たせることができるのに。

追記:映画と演劇の違い

(2017年2月20日)

「声を張り上げるとセリフが不自然に感じられるから、マイク遣えばいいじゃない」と上では書いた。その意見は詰まる所「疑問」だった。その疑問が今日、鈴木忠志氏のBlogを読んで解決した。「おぉ……」と感心した部分を、引用しながらいくつか紹介する。

現在の日本の現代演劇は、どんな言葉も舞台上では会話として話されるという考え方を前提にしている。

先ずここ。これは当たり前のことだと思っていた。それ以外の表現方法があることを知らなかったので、わざわざこの前置きをしていることに微かな衝撃を受けた。

舞台上の演技は、日常の生活世界を生きる人間関係を表現するためだけのものではない。歴史的に考察しても、演技は人間の頭脳から産出された思考の言葉、その音声化に重要な使命がある。

思考の言葉! なるほど! あの独特の「一人語り」みたいなのは思考の言葉なのか。

こういう言葉に舞台上で語られる言葉としての説得力を与えるためには、

それを違和感なくセリフたらしめるのがミソってことか。マイクを使わないと不自然な状況は、映画やTV番組と役割が被ってしまうのか。演劇には演劇の役割があるんだね。思考の言葉。

引用:「鈴木忠志 見たり・聴いたり」12月23日:語りの演技 / SCOT

その他に、心に留まった箇所を引用しておく。

演技とは外面的な動きでも言葉の言い方でもない。動こうが話そうが、身体感覚の裏打ちが大切。

引用:「鈴木忠志 見たり・聴いたり」5月28日:非効率/ SCOT

室内でヒソヒソと恋に悩む男女の姿や心理などを、演劇という形式を通じて観客に見せるつもりはないと答える。

引用:「鈴木忠志 見たり・聴いたり」November,18,2014:  素早い反応/ SCOT

演劇がテレビに負けたのは簡単な理由による。演劇人はテレビ画面のための演技も、舞台上の演技と同じだと見なし、舞台俳優と映像俳優の演技の区別を明確にしなかったからである。この両者は同列に扱うことのできない性質の表現衝動に裏付けられたものなのである。

引用:「鈴木忠志 見たり・聴いたり」February,28,2015: 負けた理由 / SCOT

視界が広がるような気分。演劇やらないけどね。勉強になるね。

追記:なりきる演技

(2015年9月26日)

読んだ『舞台芸術への招待』に、次のことが書いてあった。

「なりきって演じている」ようでは、まだまだだ。

その時は、読んですぐに反論した。 「客の反応を見て演技を変える」のと「なりきって同じ演技をする」は方向性が違っていて、通過点ではないと思っていたからだ。でも、そうなのかも。

ステージで出した煙が小ホールに充満していく。くさい。これは意図したことなのか? くっさ!

「なぜ国は!」とか「原爆は神の恵み」とか左翼思想が散見された。一人二役だったり、少女が男役だったり。徹底してない。

一番後ろの席がいいかな。DVD見てるみたいというデメリットはあるが、記録する時に後ろを気にしなくていいのと、全てを見渡せるから。

2.加藤学園高等学校『escape』

高校2年生が演出か。「演技力は年齢に比例しない」、ここに見たり。自分の世界に入っているってのが、こっちの方が感じられた。うまい。やっぱ、自分の世界に入るかどうか。

こうやって、すごいなーとかおもしろいなーとか思う時って成長してるんだろうな。所々メッセージ性を感じる。さっきのはなかった、というか琴線に触れなかった。何にしてもメッセージ性は必要だな。


なぜRight-Brain*のやる気が最近起きないか。それは、「伝えたいもの」や「目的」が無いからだと思う。

*気の趣くままにペンを走らせる画法に名前を付けた


これを高2達が演出したのか。ユーモアセンスとかに嫉妬しますわ。見ると帰っていく人が多い。みんな通して見ると思っていただけあって、意外だった。人の入れ替わりが多いから、露骨に人気のあるのと無いのの差がでるなー。

3.三島かたりべの会「ふるさとの昔話より」

三島かたりべ、人少ない。

あと4劇を残して、すでに脳がパンクしそうなんですが。

かたりべは昔の良さを残そうと、語り口を古い言葉にしている。さっきの戦争演劇にも、言葉の面では共通している。でも、かたりべの方は、語りしか情報を受け取る材料がないから、言葉が分からないのは痛い。なに言ってるかわからないから情景を想像しにくい。

4.三島北高校演劇部『白雪姫?』

白雪姫なう。「普通の高校生(加藤学園の演目)を演じるのと、キャラを演じるの(三島北)の違いか」とは思うものの、声量なめらかさ、抑揚……。レベルが違うなと思う。明らかに。 大人が指導しているのか? マジですごい。個人の能力じゃない。全員のレベルが高いからだ。声量がすごく印象に残る。

「ここ面白くできるな」という部分もあった。

しかし、この衝撃、G級。自分よりも5つも下の人がこんな感じなのか。すげー。これだけに1000円払ってもいいよ。 演出や舞台監督が生徒だ。

待てよ。「学生であるから」という偏見をさっきからずっと持ち出しているぞ? それを取り払わなくては、正常な評価はできまい。でも、それにしてもこの演技は素晴らしい。面白い演出だなあと思う。それと同時に感じるのは、「どんどんいろんな作品を見てユーモアのストックを増やしていくことが重要だ」ということだ。

やべえ、言葉にはできないけど素晴らしい(語彙力がやべえよ)。話が面白い。どうやったら思いつくんだこれ。ただ、「普通の人を演じるのは、キャラを演じるよりも難しい」という素人目には分からない事があるのかもしれない。

5.Mforyou『スペースファンタジー~はやぶさの奇跡~』

途中つっかえたり、セリフが聞こえないあたりに、レベルの違いが表れていた。一番の問題は話の面白さだが。

手が痺れてきた。多くを見るってエネルギーを使うんだなあ。 たくろふ先生が言ってた、「マルチタスクの方が一点集中より疲れる」が分かるな。

小さいとき、何であんなに体力に溢れてるかといったら、もしかして周りが見えてなくて一点集中だったから、今より疲れないからなのだろうか。

※後に、それだけではないと考える

「考えることが少ない」とか「やりたいことがある」とか「周りの目を気にしない」とかではない気がする。そう、あれは「生命の爆発」。外に溢れ出してる状態。もう、多分どうしようもないんだよ。おぎゃーみたいなものだと思う。それはなぜなくなるのか。
(2015年8月30日 01:23)

「部活」はそれだけに専念できるという点で、大人よりも練習できるという利点があるのは事実。また、高校生の方が、より猪だ。

そして、つっかえるのと、滑らかにいくのとではおもしろいと感じるのが違う。つっかえてしまうと、その瞬間に笑いが自動的に失われてしまう。あの現象は何だ。

6.S木道場『~三島のふつうの女たち~』

どの話も見入ってしまった。技術がすごい。プロだな。

『バス停』

コメディをハートフルにする。すごいなー。かと思えば、サスペンス展開か。すげえ! 面白い。またストックが増えました、ありがとうございます!

演技ももちろんだけど、脚本が良かった。後日、この劇団の公演に行くことにした。

(2015年9月26日)