感化と変化の記録

3.俺14

体験と生活と芸術の考察ブログ

ビュフェの絵を好きになった日(ベルナール・ビュフェ美術館:「ベルナール・ビュフェ 1945-1999」)

それは、2015年5月26日

ベルナール・ビュフェの作品に出会ったのは、クレマチスの丘にある、ベルナール・ビュフェ美術館でのこと。初め見たときは、「個性的だなー」くらいしか思っていなかった。しかし、どこか惹かれるところがあって、本を購入して帰った。

それから度々本棚から取り出してみるのだが、その度に好きになっていった。じわじわと好きになっていった。好きなところを挙げるとすれば、枠線・配色・同じ顔だろうか。下記は、ベルナール・ビュフェ美術館での日記です!

美術館を出て

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舞台を前に、書きためた物を写していこうと思う。

ベルナール・ビュフェ美術館

美術館入りづれーよ。洗練されすぎて、上品すぎて。客俺しかいない。チケットの説明分かりづらかった。入り口に料金表貼ってくれれば、受付で気まずくなかったのに。まあ、この建物作者の譲れないところなのかな。景観を壊すとかでさ。

鑑賞開始。私語すんなよ受付女。集中できない。

※文句ばっかで恥ずかしいです

色の常識にとらわれない絵

Bernard Buffet『Gas Stove』

※ベルナール・ビュフェ『ガス焜炉』

背景のひび割れに触れたいと思った。今描きたい絵は、色の常識にとらわれない絵だ。この焜炉の背景がそうだ。黄色て。

入り口が閉められ、鉛筆の書く音だけが響く室内。通路挟んで反対側にある窓。綺麗なデザインで、格好いいのだが、光が作品に当たって見にくい。

どっちでもない

『The Sea』

※『海』

抽象画とふつうの絵の中間位の絵で、雑と思いきや、ちゃんと波に見えるように描かれている。

本当に静かだ。貸切みたい。息をする音すらも響く。

上手さは二の次

『Nature morte à la baguette de pain』

※『バゲットのある静物』

良いと思わんな。油絵の質感でごまかしてる感じ。キュビズム的だ。 椅子の角度と床の角度が合ってない。だが、そんなことになんの意味がある。大事なのは伝えたいこと、見せたいモノ。

※原題が本に載っていなくて、かつインターネットで探し当てることができなかった。そこで、ベルナール・ビュフェ美術館に問い合わせた。すると、「グレイヴ・アクセントに気を付けてね」と、丁寧に原題を教えてくれた。そればかりか、質問内容だった英語の題を「参考までに」と提案してくれた。英語の題は本来ないのに! いやあ、いいね。

昨日、ベルナール・ビュフェ美術館へ質問のメールを送った。その返信メールが「丁寧で感動モノ」と俺の中で話題に。ありがとうございます!
(2016年1月29日 18:24)

力強い枠線

『Chair』

※『椅子』

椅子というタイトルじゃあ……。分からんよ。全体的に枠線があるのが印象的。ろうそくの周りは黒のわけないものな。

「枠線の探求」というペン一本で描かれたコーナーは、すらすらと進んでしまう。なぜだろう。色を塗ることが意味付けを行うことだとしたら、それがないからペン一本は早く進むのだろうか。単純に絵の大きさによるものなのかもしれない。これらは一目におさまる程度だ。

文字を引き立てるための絵画

『The Human Voice』

※『声』

戯曲脚本の挿入画らしく、絵と共に字がたくさん書いてある。英語じゃないから読めん。文字の配置は参考になるがね。そのコーナーの順路最後にそれらの説明があった。映像で、字絵と訳を交互に見せてくれる。さっきけなしたけど、絵画の基本の逆みたいなのも良いなと思った。「文字を引き立てるための絵」といったところか。印象に残ったのは次のいくつかだ。

「大勢の人間が集まるところには、最高に安易な生活がある。勇気とは、ごく自動的に孤独へとつながっている。勇気の向かうところには、なんと空虚な空間が広がっていることだろう!」

真偽は別として、言葉には勇気を与える力があると思った。

「あなたという空気を吸って生きてきた気がする。あなたがいたから呼吸できていたのよ。あなたとの電話を切ったら空気を送る管も切るようなものですもの」
「互いに寄り添っているような気分にひたっているのに、出し抜けに建物や下水が二人の間に割り込んでしまうのよ」
「どうしてこんなねじれた線を、声が通れるのか不思議がったことがあったわね。今はあなたの声を首に巻き付けたの」

いい。いいよ。映像も三周目。ここで思うことは、説明が少なすぎてもダメだということ。それと、説明があって良さを増すことがあるということ。

『声』の本売ってないかなあ。映像は、結局5周目に突入した。

「別に絵うまくなくてもいいんだな」そう思う。伝えたいことありきだから、うまく描こうとしてストレスをためないのがいいだろう。自分の今とらえてる人体の描き方でいいじゃないか。

余談

Tシャツの文字を変えたかったら、文字のシールを使えばいいのでは? この美術館の壁に貼ってあるシールは剥がれやすくて良かった。

Tシャツの文字を毎日変えたい人は、市役所の何課に行けばいい?
(2015年5月26日 07:45)

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それは9頭身くらいあった

『Deposition from the Cross』

※『キリストの十字架降下』

見た時は思わず口に出して、「何頭身だよ(笑)」と言ってしまった。

絵は自由

『Studio』

※『アトリエ』

この前日本画を見たときに感じた「綺麗にに見せるために物がある」という感覚。あれをやってみようかな。自在に変形させてさ。

fromztoz.hatenablog.com

絵は自由

『Still Life with Lyrebird』

※『コトドリのある静物』

いいねー。背景がピンクだよ。

皆が悲しい顔をしているのはなぜ

『The Circus』

※『サーカス』シリーズ

全体に見られるモノクロの感じがいいね。玉とか服とかには色ついてて、それらとの対比がいい。みんな悲しい顔をしているのはなぜだ。男も女も同じ顔。笑った顔をした作品ないな。

こんな雰囲気の絵描いてみたい

『New York: 34th Street』

※『ニューヨーク: 34番街』

ニューヨークのビル群は、また別の意味ですごいなあ。直線、直線で。大都会に人の姿がないってのも新鮮。

「みんな同じ顔」の答え

自画像だったのか。サーカスでの同じ顔は。枠線がやはり力強いな。

絵の具考

多分もう一生油絵描かない。
(2015年4月29日 21:09)

油絵の具捨てたけど、やっぱ油絵だけでしか表すことのできない雰囲気ってあるなあ。ゴツゴツとした荒々しさとか。100均でアクリル買ってこようかな、今日。最近生活してて、「アクリルで描きたいなー」って思うこと少なくないからね。

今日は「触りたいなー」とよく思う。

画家として認められるまでに

――1971年からの5年間は、ビュフェの20年に及ぶ画業が公に認められる機会に恵まれます

だとさ。20年も認められなかったんだなー。「じゃあ、おれも」と思ったけど、今はITが進化したから認められやすいかと思って打ってるけど、母数が増えるよな、画家の。だから決してそうとは言い切れないだろう。

画風の変化

1975年以降の作品を見始めたとき、思わず「えっ」と言ってしまった。恐ろしく写実的で綺麗にに見えたのだ。写実的な絵なら、いくらでも見てきた。でも、この美術館に入ってからずっと抽象的なものしか見てなかったから、そこにやられた。

『White Daisies』『Perros-Guirrec』を見てそう思った。マーガレットの葉は多分かっこよく見えるように延長してかかれてると思う。

※『白いマーガレット』『ペロス=ギレック』

全体を見たときに、絵としてのバランスがいいもの。

二作目の『海』

『The Sea』

思ったのは、まず全体に絵の具をベターっと置いて、それを削って残った物が作品としてあるんじゃないかということ。これは波の部分ね。

展覧会でのあれこれ

もう何人もの人が僕を追い越していった。本当にこの画集がほしい。

たくさん配置してあると脳が、「これ、重要じゃないな」と思ってしまうみたいだ。これは詩にもいえることだと思う。ページの余白が大事みたいな。さっきのペン一本のところでスピードが早かったのはこのせいもあるだろう。

おまけ:ビュフェこども美術館

コルクの積み木、回して作る円柱の絵、つるつるで固い木のボールのプール、絵画の額の向かいにある衣装、動物の顔が形どられた「触を引き出す引き出し」……。 すごいな、こども美術館。ていうか、ここコスパ良すぎだろ! 600円で2つ(の美術館)て! まだ一つ目だぞ(井上ひさし文学館にて、ぬか喜びに終わります)。

www.youtube.com

出口付近

ある部屋があった。広い。三角形の空間で、中央に三角形にソファが配置されている。それは、三面に貼られた絵画を見るためのものだろう。上を見上げると光取りの窓から差す光が目に映る。空気はまずい。1番心を惹きつけたのは、端に置かれたピアノ。弾きてー! この美術館は部屋が多い。新鮮だ。

ベルナール・ビュフェ1945‐1999

買った。

(2015年9月24日)