感化と変化の記録

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3.俺14

体験と生活と芸術の考察ブログ

「嫌い」と言うことは絶縁することなのではないか

嫌った瞬間に入ってこなくなった

辛い物が嫌いだ。でも、好きだ。

辛い物は美味い。美味い。だから、激辛の物でも手を出してしまっていた。しかし、辛いがゆえに味わって食べれない。そして、次の日には尻が涙を流す。だから、「好きだけど嫌い」という矛盾が成り立つ。辛い物は気持ちを振り回す。

そんな中、「もう、辛い物は食べんぞ! 振り回されてたまるか!」と言わんばかりに、プロフィール欄で「辛い物は嫌い」と宣言することにした。ここ2, 3日のことだ。すると、どうだろう。

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今日の夕飯で、キムチに手が伸びないではないか!

嫌いと言うから嫌い

ここで「ハッ」とした。あれほど何気なく食べていた物を、明確に拒絶している。拒絶は良い過ぎた。明確に「食べない」と決めている。

嫌いだからな

これが食べない理由だった。キムチと向き合わずに、「嫌い」という事実(?)を始まりとして、結果である「食べない」という行動を選択している。

「嫌い」と決めなければ、手が伸びていた。どっちでもないスタンスを取れば、こちらが拒絶しないのではないか。これは、食べ物以外にもいえることなのではないだろうか!

でも、あいつは嫌いだっ!

追記:「あれ、キライなんです」ダイエット

やめたい物を嫌うのはどうだろう。

「ダイエットしててぇー、甘い物やめたいんですけどぉ、大好きだから食べちゃうんですぅ」という人は、「甘いものは嫌い」と思いこんで、そして何より日々宣言するのはどうだろう。