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「アイディアはすぐさま形にするべきだ」と思った

こんなことがあった。前方の女性がイヤホンを落として、気づかぬまま歩いていく。私はイヤホンを拾い、駆け、「落としましたよ」と差し出す。その女性は疑いの目を一瞬こちらに向けた。いや、「えっ」じゃないですよ。あなたのイヤホンですよ。その時生じた不自然な間は「話しかけられるキャパの無さ」だ。

見知らぬ人に話しかけるのには勇気がいる。「落とし物を届ける」などのきっかけがあってもだ。次のは上手くいった例。

聴講生と話した。話の内容はともかく、「人と出会う」ということの不思議さと素晴らしさについて考えさせられた。きっかけは本のしおりが落ちたことから。元々話したかったけど、このきっかけの後押しが無かったら会話は生まれなかっただろう。バタフライエフェクトを感じた。
(2013年5月8日 15:01)

この時は、会話スタートにきっかけを要した。相手は70歳くらいのおじいちゃんで、割と話しかけやすい部類に属しているのだが。本のしおりが落ちるまでは心の中がうずうずして、本の内容なんかまるっきり頭に入ってこなかった。 きっかけに後押しされる形で、最終的に「人に話しかけたい欲」が勝った。

その欲が生まれる瞬間は、大学在学中に何度もあった。学校へ行く道中や電車の中、美術館、公園など。対象は若い女の人はもちろんのこと、おじいちゃんや少年などの老若男女。あらゆる人に対してだ。その都度「不便さ」みたいなものを体感していた。

「隣人バッジ」で話しかけやすくしたい

そこで考えた「隣人バッジ」。これは「話しかけてオッケー!」のサインだ。服や鞄などに付け、それを見つけた人は話しかける。

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このバッジには、「見知らぬ人に話しかけやすくなればいいな」という考えがある。人参は駄洒落。デザインのダサさはDon't thinkだ.

誰かと話したい人がそれを付ければ、会話を生みやすい。

「(あっ、あの人付けてる!)……すいませーん、それ、隣人バッジですよね」

「あ、そうですよ。知ってるんですか?」

「はい、そうなんですぅ。ほら、ここに……」

とこんな風に会話が始まるのである。本来は通り過ぎるだけだった両者の間にコミュニケーションが生まれるのである。である。

2番煎じ

しかし、それは2番煎じになってしまった。もしかしたらそれどころではなく、10番煎じかもしれない可能性だってある。そんなお茶は、超苦い。

きっかけは、DWANGOが提供するニコニコチャンネルの中の「キングコング西野亮廣と絵本作家のぶみ ニコ生チャンネル」の放送だ。「会議を見せるテレビ 第3回 」の会員限定放送のときに、隣人バッジと同じような物の話が上がった。有料放送なので、詳しくは言わない。

その話を聞いたとき、焦燥感にかられた。「やってしまった」と感じた。すぐさまネットで検索した。

すると、別の人が作った同じような商品が出てきた。

cchhiiaakkii.thebase.in

ぼかーん! はい、ぼかーん! かっこいい。

思いついたらすぐ形にして発信しろ!

なぜかと言うと、パクリではないということを証明できないからだ。

あんたそれ、自分が思いついたとか言ってるけど、『ボッチバッジ』を見てからちょっと変えて言ってるだけじゃないの?

そう言われた時に、「いや、そうじゃないんだ」と証明することができない。だから、アイディアはすぐに形にした方が良いのではないか。そんな話。

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