感化と変化の記録

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体験と生活と芸術の考察ブログ

展示作品を決める基準って何?(佐野美術館:曽宮一念と山本丘人「海山を描く、その動と静」)

佐野美術館で2015年8/22(土) - 9/27(日)開催の展覧会に行ってきた。曽宮一念と山本丘人「海山を描く、その動と静」

「長く立ち止まらせる絵」とは?

入ってすぐのドーンという絵に、「迫力にはやっぱり紙の大きさは重要だなー」と思う。 それと共に、時代が最近の絵に新鮮さを感じる。線が淡い印象。


新鮮さは一瞬のものだったようで、よく見れば、見慣れた画風。

飾られているのが静岡出身者だと、「ゆかりの地だから飾られているのではないか」と、「無意識的に展示ハードルが下がってるんじゃないか」と思うあるある。


「なぜ作品たちは、僕を長く立ち止まらせないのだろう」と考えていた。ネームバリュー? 第一印象による偏見形成? 作品の質自体? 一つ試したのは、作品を見て、「ゴーギャン」と、心の中で思ってみる。特に影響はなかった。


美術館で略歴を見る度に、美術系の学校へ行っているのが目につく。 それを見る度に、燃える。「専門性からは程遠いが、それでも好きだからやってみせる!」みたいな。

山本丘人さんの作品を見て

今の僕には、高校生の作品展に飾られている絵と、彼の絵の違いを見極めることはできない。ただ、『北濤」『八ヶ岳浅雪』の、ビュフェのような枠線のごつい感じは好き。


『狭霧野』

水墨画との融合みたいなのが面白い。花の色だけがあるので、対照さがいい。

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曾宮一念さんの作品を見て

曾宮さん関しては、「どうしてこんなものが飾っているんだろう」と思うものがいくつかあった。特に水彩。見る目がないのか。油彩に関しては、「見る人によっては好きな人がいる」と思えるのだが。


『荒園』の地面の配色とか、 高台寺早春』裏磐梯の秋』の夢の中のようなぼんやりとしたピンクがかった絵はいいなと思った。

(2015年9月15日)