感化と変化の記録

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3.俺14

体験と生活と芸術の考察ブログ

ママチャリで80km移動して救急車を呼んだ話

2014年2月29日。この日を境に、ガバガバになった。精神のある部分が。

三島を出発

イメージ「7, 80kmだから、まあ時速10km出して7時間くらいか。7時間あれば着くんだなー」

昼間に到着するイメージで、余裕を持って朝8:30に出発した。三島から下田「サニーステップ」ヘと。最初は順調に進んだ。最初はね。

10:30頃、20km地点の修善寺に到着する。

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「2時間で20kmってことは、この調子なら……。着くな。あと4、5時間で」

終わりの始まり

道を間違えたのは、その修善寺でのこと。本当は曲がらなくてはいけないところを、直進した

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それは、デスロードへの直進だった。そこからどんどん山を登っていく。

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途中の村で見かけた箱。漢字にするとしたら、「萌」だと思う。

迷い道中

達磨山、伽藍(がらん)山、棚場(やなば)山をさまよった。途中の景色は素晴らしく何度も足を止め、カメラを向ける程だった。  

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山登りは苦ではなく、初めは1つ1つの景色に喜んでいた。1つ目の山を下るときなんてすごく楽しんでいて、動画を撮っていた。しかし、山を3つも超えているので、体力はその分死んでいた。

長い距離上った分だけ下りも長いので、それで大分体が冷えた。その時は何ともなかった。

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下りの途中、死んでいる鹿を見つけ、タオルをかけた。自分の心のために。そんな風に興味関心の赴くままに行動していた。

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自然的な通行止めの道を超えて進んでいるあたりから、ようやく本来の目的を重要視するようになる。

焦りというものを覚えたのだ。それまでは「取りあえず山を超えれば伊豆につくだろう」と高を括っていた。

あ…ありのまま、今、起こった事を話すぜ! 「おれは東伊豆に向かったと思ったら、西伊豆に向かっていた」

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な…何を言っているのかわからねーと思うが、おれも何をしたのかわからなか――

ポルナレフ顔負けのことが起きた。戸田峠での出来事のことである。 Google先生によりなんとか軌道修正をする。

59号線を通り、本道へ戻ったものの、時は既に16時。体力はあまりなく、坂を歩いて登るのがデフォルトとなっていた。

別の問題

山を3つ超えればもちろんたくさんの木と接するわけで……。花粉が猛威を振るった。天城の峠を下り、河津に入るところでも花粉に苦しめられた。

マスクの下にティッシュを忍ばせ、くしゃみをしながら走っていた。マスクの下はびちゃびちゃだった。

7時間かけてやっと浄蓮の滝。途中迷いすぎた......
(2014年2月28日 15:48)

夜になるころ

海沿いの道に到着し、海岸線を走るころにはもう真っ暗。歩道もそんなにないので、車道を走ることがほとんど。観光バスや乗用車におびえながら、夜道を急ぐ。

なぜ急いでいたのか。「自分待ちである」という電話のやり取りを、既に2回程していたからだ。天城で車に乗ることを断ってもいたので余計に焦った。

「疲労 + 花粉 + 皆を待たせてはいけないという焦り」の3コンボだ。 62kmで来れるところを、82kmで来た。11時間ほどを要した。

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そして救急車を呼ぶ

着いてからはみんなと話をしていたが、次第に気分が悪くなる。そこで手がしびれてきた。トイレに入る。どんどん悪化してくる。

「まずい、これは水分を取らなきゃいけないのか?」

水分を取るが、止まらない悪化。自分一人だけ部屋に戻る。

「まずい、これはどうなるんだ。どうしよう」

精神的にどんどん追い詰められていった。

最終的には口と心臓の周りしか感覚がない状態になった。

ああ、もう俺死ぬのかな

救急車が来るまでにしびれが引いてきて、多少動かせるようになった。後で分かったことだが、低血糖からのパニック障害であった。

二重奏は音楽だけにしてほしい。死を意識したときに、生に対してあらゆる念が浮かぶ。しかし、逆の場合はない。
(2014年2月28日 22:58)
※ペンションのベッドの上で

今回のパニック障害は起こるべくして起こったわけか。
(2014年3月1日 15:54)

余談

因みに、自転車は次の日のって帰ろうとしたが、予期不安のため吐き気や手足のしびれが来て断念。後日2度トライして、その1度目はカギを忘れて自転車置き場に到着。

自転車を取りに片瀬白田駅まで行ったけど、鍵忘れた。それから3時間たった今、伊東駅へ向けてお散歩中。
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(2014年3月18日 16:58)

何か付加価値をつけるために、片瀬白田駅から伊東駅まで25km歩いた。

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その時も、最後の方は割と死ぬんじゃないかと恐怖していた。本気で。

伊東駅着いた...距離測ったら25kmと、意外に少なかった。この前の、三島-修善寺(20km)往復と同等の疲労感。体力落ちたのかな(--)
(2014年3月18日 20:19)

途中雨にあたったのと疲労と、風や気温の寒さによって限界が来ていたようだ。

2回目も2回目で、二宮までは調子よかったが、そこから函南へ向かう時、まさかあんな傾斜の山があんな距離もあるとは思わなかった。 また具合を悪くした。

ゴールが近づき、街っぽくなってきたということで落ち着いた。

その後の体調

その後1か月くらいは予期不安などに悩まされ、もう治らないのではないかと思うほどであった。

それは、人が苦しんだ話を聞いたり、苦しんでいるのを見たり、精神的にも肉体的にも疲労がピークに達したりすると、気分が悪くなることだ。

取った行動

「人に話すと楽になる」という情報を見たので、後に回想動画を撮った。

「朝8:30に――」の時点で気持ち悪くなったり、山を越えるところの話で再び気持ち悪くなったりした。しかし、「原因となったものに立ち向かうことでしか克服はできない」と書いてあったため、耐えた。

薬には頼りたくなかった。

その後の経過

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その後、ストレス発散方法を自ら編みだし、なんとか日常生活を送れるまでになった。しかし、それからというもの、無謀なことができなくなった。

冒頭に書いたように、気分が悪くなるスイッチががばがばになった気がする。救いがあるとすれば、精神病患者の気持ちが少しだけ分かったことと、計画の重要さに気付けたこと。

気合でどうにかなるものではないし、自分がならないと思ってても、なるのだと思った。

(2015年8月28日)

※今(2016年1月)はそうでもなくなった。予期不安は完全に消えた

追記:2016年10月

手術しました。妹と死にかけた - YouTube

昔は何ともなかったが、今こういうのを見ると具合が悪くなる。最後まで見れなかった。もう大丈夫だと思っていたが、あの時の爪痕は残っていた。ぷっぷのぷーである。

2016年3月、就寝前。私のお腹は謎のカーニバル状態になっていた。腹ではしきりに動く音がし、おならを生成し続ける。ガスステーションと化していた。

シリアルの食べ過ぎで悲劇再び

(2016年4月16日)

ある日、シリアルを600g程食べた。フルグラって麻薬が入ってるんじゃないかな。無性に食べたくなる時がある。食後しばらくして、「この下腹部の膨らみは凄いな」と思った。初めてのことだと思う。そして腹痛が何回かあった。夕方に1回、夜に3回トイレに行った。そして就寝前、私のお腹は謎のカーニバル状態になっていた。腹ではしきりに動く音がし、おならを生成し続ける。ガスステーションと化していた。

夜中に目覚めた。排便感が徐々に強くなっていくと共に、吐き気も徐々に強くなっていく。

トイレに入り、一気にガーッと出す。すると一転、足元から冷たくなっていき、手が痺れてきた。「まただ」と思った。この全身が痺れていく症状は、あの時と似ている。その時は救急車を呼んでいる間に良くなった経験をしているので、「今回は呼ばなくても大丈夫」と判断した。「そのうち収まる」というようなことを、なぜか言語レベルから概念レベルへと変え、それを繰り返し思っていた。前回、パニックのようなものを併発したために症状が悪化したので、気を確かに持とうと思った。

その甲斐あってか、手足の痺れが収まると、低くなった体温と口の渇きが残った。

シリアルパニック考察

食べ始めたのが朝10時頃。症状があったのは深夜3時。この症状には過去2回なってるわけだけど、その時は恐らく低血糖が引き金となっている。しかし今回は、引き金が違った。恐らく消化不良だ。もし低血糖が引き金なのだとしたら、手足の痺れとともに目覚めるはずで、排便をきっかけとしてではないはずだ。