感化と変化の記録

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3.俺14

体験と生活と芸術の考察ブログ

良心的な定食屋で200円多く取られた話

その日は、何となく寄ってみようと思った。何度もその店の前を通ってはいたが、入ろうと思ったのはその時が初めて。

開いていることがあまりなく、営業時間もよくわからないという神秘性。すりガラスから漏れる控えめな光。それらが「入ろう」と思わせたのかもしれない。

その店が閉店するまで、計4回ほど通った。

1回目

中が見えなかったので、少しおそるおそるだった。

立てつけの悪い戸に「うっ」ってなりながら、そーっと重めの戸を開ける。

客はいなかった。カウンターの向こうに、80歳くらいのおばあちゃんがいるだけ。

店内を見渡す。メニューがない。取りあえずカウンターに座る。

基本的に食べ物のメニューはなく、日によって適当に出しているらしい。

これは2012年か2013年の冬の話。

(今思ったんだけど、この提供形式ってスナックみたいなもん?)

そんな、何屋だかわからない店で、まあ、その時は「珍しい定食屋に来たもんだ」と思っていた。

値段が分からないまま定食をお願いする。

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そしたらまず初めに、ビスケットと焼酎が出てきた。ちなみに、ビスケットはその辺に置いてあったやつだ。

酒じゃなくて水という選択肢もあったけど、「焼酎にする?」と聞かれたら、焼酎が飲みたくなった。外で酒を一人で飲むなんてのは初めてのことだった。

おばあちゃんはというと、どこかに食材を取りに行ったり、調理をし始めたりしていた。

その間に僕はテーブルに置かれている調味料の賞味期限が切れているのを発見し、これから出てくる料理への不安を募らせたり、左右のカウンター席や後ろの座敷席に誰一人いないことに、居心地の良さを感じたりしていた。


しばらくして料理が出てくる。大きめのお盆に皿が何枚も。豪華だ。この手作り感は好きだ。

何を食べたかは忘れたが、おいしかったのは覚えている。もしくは、特別おいしくはなかったけど、居心地の良さのせいでそう感じたのかもしれない。

「学生は来ますか?」

「うーん、来ないねぇー。1回は来るんだけど、そこからは来なくなっちゃうねー」

という話をした。

ここで僕は、「最初のサービスは次来てもらうための作戦だったのでは」と意地の悪い想像をした。それでも嬉しかったことに変わりはない。

「おかずまだあるからねー」と人生初、おかずのおかわりもした。ご飯ならまだしも。

「いい店だなー」と思った。

この日分かったのは、おばあちゃんは日中パチンコをやっていて、それが楽しみだということ。

あとは医者からタバコをやめるように言われているということ。

健康志向の強いおばあちゃんは、タールが一番少ないタバコを吸っている

そんなことが、その日に分かった。会計は800円。安いと思った。また来ようと思った。

「また来よう」にはもう2つ理由があって、居心地がいいのと、客が来ないことへの同情の気持ちからだ。

同情心に関しては、「学生が――」の話の時にその感情が浮かんできた。

2回目

友人と行った。2回目の時はお客さんがいた。一人のときとは違って、おばあちゃんと話すことはなかったんだっけな。

毎週月曜日は、常連が決まって集まってくれる日だそうだ。

3回目

いつものように定食を作ってもらっている時、おばあちゃんはこう言った。

「お客さんから言われたんだよ。『え、学生から800円しかもらってないの!?』って」

お客さんの手前、平等さを見せないといけないので、次に行ったときに1000円払うことになった。その代り、次回は600円でいいらしい。

(もうお分かりだろう)

おばあちゃんがいないのを見計らって、タバコを一本抜きとるということをした。無駄なことだけど。

自分が欲しかっただけかもね。

おばあちゃんはタバコをやめなかった

4回目

また一人で行った。一人の方が好きだ。

この毎回変わる定食も。この汚らしいおばあちゃんも好きだ。いい汚らしさなんだよ。言葉ではちょっと難しい。

おっさんに1000円を見せびらかすように会計を済ませた。僕とおばあちゃんは何食わぬ顔だ。

その日は12月23日。学期最後の日だった。

「年内はもう来ることなないと思います。来るとしたら年明けですねー」

なんて言いながら帰った。心地良い寒さだった。


年明が明け、何日かして店に行ってみると張り紙が。

しばらく休業します

「病気が悪化したのかな」と思った。タバコの件もあるし、別段驚きはしなかった。


しばらくして張り紙がなくなった。しかし、店が開くことはなかった。

今も開いたところは一度も見ていない。

この店の二階に住んでいるであろうおばあちゃんは、どうなったのだろうか。

そして、何とも言えない俺の200円。

※この記事は2015年6月22日に作成された