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体験と生活と芸術の考察ブログ

「弱さ」という魅力

「弱さ」って凄く魅力的だ。そう感じるのは、本能的なものなのだろうか。現実・創作を問わず、「弱さ」が好きだ。魅力を感じる。その弱さには幾つかの種類があると思う。

1. 単純な弱さ

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ゴールテープを持っているあの時の俺が中学生だったら、何のためらいもなく好きになっていただろう。

「私、目が弱いんです……」

体育を見学している中学女子のその一言にやられてしまった。俺は20歳だってのに。こういう単純な弱さは、単純にいい。「数学苦手なんです」のような本人次第のものではなく、運命的にそうなってしまっている弱さ。「強い」より魅力的。

2. 前向きさ

恵まれない境遇に立ち向かっているようなところがいい。でも、「だらしなさ」は駄目だ。嘆きの中に「強さ」がなくては。精神的な強さが。

手塚治虫『ブッタ』のダイバダッタは、社会の最下層にいながらも天下を目指したし、悲しみを吐露したある人は、現在は駄目だけどそれを自分でどうにかしようとしていた。前者にはもちろん強さがあるし、後者にも強さがある。

(境遇や状態は)弱いけど、(精神や姿勢が)強い。そこに惹かれるのかもしれない。

3. 成長や変化

精神的にどん底を「ぱーん!」と跳ね返った女性が、凄みのある声で「俺は――」と男として話し始めるのはどうでしょうか。なんか格好いいと思います。説明が難しずぎる。
(2016年11月1日 16:19)

説明が難しいので、感覚で分かってもらうしかない。

似たようなやつで例を挙げると、『マッドマックス(1979)』の主人公。家族の死をトリガーとして、豪快な狂人に一変する。後は、『ジョジョの奇妙な冒険 第5部』のペッシ。尊敬して付き従う「兄貴」が殺されたのをきっかけに、「10年も修羅場を潜り抜けたと錯覚させる風貌」に豹変する。

3つの例とも、変化の元となった「弱さ」がある。そこからのギャップが良い。

(2016年12月25日)