感化と変化の記録

3.俺14

体験と生活と芸術の考察ブログ

イノベーションは勝手に起きるのだろう

荒木飛呂彦「登場人物が勝手に動く」 の意味が分かった。別に漫画描いてるわけじゃないけど。
(2015年5月8日 17:35)

一言でいうと「組み合わせ」

ここに「一切の例外なく叩いた物を何でも粉々にするハンマー」「何の変哲もない木の板」があるとする。木の板をハンマーで叩くとどうなるだろうか。

木の板は粉々になる。なぜか。

それは、「一切の例外なく何でも粉々にするハンマー」で叩いたから。当然だ。これが「何の変哲もないハンマー」だったらどうか。

木の板は粉々にならず、「カン」だか「コン」だか音が出るだけだ。なぜか。

それは、「何の変哲もないハンマー」で叩いたからだ。原因と結果は自動的で、かつ必然的だ。物体の存在と組み合わせが変化を生んでいる。

組み合わせ。「登場人物が勝手に動く」というのは、そのせいで起きる。

「これ、(主人公が)負けるんじゃないか?」

JOJO冒險 荒木飛呂彥100問專訪(2/6) - YouTube

【ゲーム】ジョジョの奇妙な冒険ファントムブラッド【荒木飛呂彦】 - YouTube

それ関連で好きな話はこれだ。初めてこの話を聞いたときは衝撃だった。「主人公が負けるってどういうこと(笑)!? 『勝つ』っていうのは初めから決まってるんじゃないの?」と思った。

それはちょっと違った。確かに、大まかな筋書きとして、「主人公は勝利する」というのはあるだろう。しかし、それに沿って物語を作るのではない。

先ずキャラクターありきで、彼らの詳細な設定の組み合わせで物語は進んでいく。勝手に。だから、「負けるんじゃないか?」は生まれる。粉々ハンマーのように、最強の敵が出て来たらそうなる。

それを乗り越えるのもまた「組み合わせ」で、「主人公はこういう能力を持っていて、かつ状況は今こうで、敵はこういう能力だから、これが使えるな」という感じだと思う。完全に推測だけど。

「これが使えるな」というと、「選び取ってる感」がある。しかし、その実流れは自動的だ。設定以外の物は使えないから。

『アイアンウィル』冒頭、父親が死亡するシーン。取り囲まれてる感が無くて、自殺に見える。
(2015年6月23日 20:10)

そういう「なるべくしてなった」みたいなことを、「取り囲まれてる感」と呼んでいる。取り囲まれてる感を大事にしたいよね。

用をたしてるときにゴキブリと対峙して、「逃げたいけど…」みたいな、少し間の抜けた取り囲まれ方じゃない。ゴキブリと対峙してる時にゴキブリを食べないと死んでしまう発作に襲われて、「生きたいけど…」みたいな、覚悟を伴う取り囲まれ方を大事にしたい。まあ、物語書いたことありませんけどね。
(2015年11月17日 23:23)

で、その取り囲まれてる感を2016年7月11日も感じることがあった。

シュガー・ラッシュ (吹替版)

画像:Amazon

この『シュガーラッシュ』を見ているときだ。丁度この表紙に映っているような感じの時。

車の前に乗ってる少女は、車の動かし方が分からなかった。しかし、そんなことは言ってられない。追手が迫っている。そこで、後ろに乗ってるでっかいやつ奴はでっかい手で車の上から地面を掻き、車を走らせた。

これもまさしく組み合わせによる物語進行。「身体的特徴」と「危機的状況」と「使える物」によるもの。

「おおー!」と思って、この記事を書こうと思った。

だからイノベーションは勝手に起きるのだろう

コピーキャット―模倣者こそがイノベーションを起こす

画像:Amazon

『コピーキャット』だったか忘れたけど、「世の中にある数あるイノベーションは、既存の物の組み合わせに過ぎない」ということがどこかに書いてあった。

イノベーションは、問題解決の結果だ。「車が動かない」という問題を、「地面を掻く」という新しい方法で解決したのと同じだ。「既存の物」とは、物語におけるキャラクターの設定やその場の状況のこと。

現実世界だと、物語の世界以上に「既存の物」がある。その沢山のモノ中から、組み合わせによってイノベーション(革新)を起こす。それに関連して、好きな言葉がある。

「直観は経験の蓄積」だ。問題解決のための組み合わせには「ひらめき」が必須だ。だよね。そのひらめきを生むには、自分の中に「中身」がなくてはならない。それは、単に知識だけではなく、行動によって得られた経験なども含まれる。

身近なイノベーション

「飽和水蒸気量」という概念がある。

空気はいくらでも水蒸気をふくめるわけでなく、気温によって限度があります。そのときの水蒸気の量を「飽和水蒸気量」といいます。

引用:中学理科の攻略☆りかちゃんのサブノート. 気象. 湿度. 飽和水蒸気量

温度が高いほど、飽和水蒸気量が高くなる。気温20度では約17g/m^3、気温30度では約30g/m^3しか水蒸気は存在できない。それ以外は液体となって表れる。

これを知識として知った今、もし次のような状況に陥ったらどうすればよいだろうか。

あなたは深夜3時の公園に来た。ブランコには俯いた人が座っている。近づくと、老婆が膝に置いたビチョビチョ服に向かってフーフー息を吹きかけている。

「わしゃーこれを日の出までに乾かさにゃいかんのじゃよぉ~!」

見捨てる? それも、まあ、あり。

さっきの知識があれば、「ドライヤーを使おう」とひらめくかもしれない。これは常識みたいなもんだけど、原理を知ってる人は少ないんじゃないだろうか。

温度を上げることによって、飽和水蒸気量は上がる。なので、服が含んでいる水が水蒸気となって出ていきやすくなる。さらに風によって常に湿っぽい風は追いやられ、その反対に乾いた(水蒸気量の少ない)風が送られるので乾きが早い。

Google先輩と張り合うのも悪くはない

飽和水蒸気量の概念って、まだまだ活かせそうな場面がある。一つのことを知っただけで、様々な場面で役に立つのは「すごいなー!」と思う。たった一つのことを知っただけなのにですよ!?

一時期、知識を軽く見ていたことがあったが、それもなくなった。その軽く見ていた時期というのは、主に大学3年生の頃だ。

軽く見る前――それは主に高校時代――は知識は最も優先すべきもので、一番価値のある物だった。「芸術? はっ、そんなもの」と優先順位の一番下に見ていた。自分で音楽をやるなんてのはもちろんせず、好きな音楽すらなかった。好きな音楽について熱く語る人は不思議な存在だった。

それが、大学3年の孤独な時期を境に変わっていった。芸術が価値観の最上位まで来たのだ。音楽、ひいては芸術は人生になくてはならないものになった。精神安定的に。

なぜそんな天変地異が起きたか。それは、「『自分』というものの価値をそこで見出せた」からだ。言い換えると、「それ以外の場所で自分の価値が見いだせない」からだ。

そこでGoogle先輩が登場する。「そんなもん調べりゃ分かるんだろ? じゃああらかじめ知っておく必要なんかないじゃん」という論理で、知識の価値は落とされた。

しかし、先程紹介した「飽和水蒸気量」の事例があるように、組み合わせによって機械の能力を超えることができる。人工知能が発達すればそれはどうなるのかわからないが、今の所、組み合わせは人間の方が強い。だから、知識はあって悪いことはない!

最後に謝って終わります。過去、知識をひけらかす人に「うわー、Google先輩と張り合ってるわー」と心の中で卑下したことを、心よりお詫び申し上げます。 

荒木飛呂彦の漫画術 (集英社新書)

『荒木飛呂彦の漫画術』には、「キャラが勝手に動く」についての言及が載っているらしい。

参考:荒木飛呂彦の漫画術(荒木飛呂彦) | くろだれ [krdr.jp]

今度買おう。

既存の知識との組み合わせによるイノベーション

(追記:2016年12月2日)

ある日、ある場所での新人研修で起こったこと。あれはいつのことだっただろうか。2009年かな? 仕事を始めて2週間目のひよっこだが、ちょっとしたイノベーションを起こした。


フォルダには10個ほどのExcelファイルが並んでいる。教えられたのは、「これらのファイルを全て印刷する」ということ。

教育者「ほら、あそこのコピー機って込み合うでしょ(笑)。だから、印刷してる最中に他の人の紙が混ざっちゃうことがあるんだよね。それを防ぐために、先ずファイルを全部開いておいて、それから「印刷」を一気に押していこう。大変だけどね……!」

インサツボタンポチ! ファイルキリカエ! インサツボタンポチ! ファイルキリカエ! ……それは確かに大変だ。まあ、でも、やるしかないよな。その時、「まあ、でも、やるしかないよな」という気持ちと同時に、「この面倒くささは解決できそうな気がする」という微かな希望と自信も浮かんでいた。無意識下に。そこですぐさま手あたり次第の行動に移る。といっても、すぐに方法は分かったが。

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これが解決策だ。「ファイルを全選択して、右クリック、印刷」。以上。プリンターへぽぽぽぽーんと印刷の命令が飛び、ぽぽぽぽーんと印刷される。

ここからが本題。私はこの方法を知っていたわけではない。しかし、「(解決)出来そうだな」と無意識に感じた。そして、出来た。これは、自分の中の知識と知識が結びついたことによるものだ。この記事の冒頭で「知識は過去から役立ってくる」というJOJOのディアボロのようなことを書いたが、それと同じ。PCに小さい時から触れていて、色々な作業を体験してきたからこそ、今回の問題の解決に必要な「何か」が蓄積していた。「何か」の一部と一部が相互作用的に閃きを生み、試行錯誤の手助けをした。